「おはようございます。気分はどうですか?」
「ああ、おはよう。痛み止めが良く効くみたいで、楽になったよ。」
返事してくれたのは久保井さん。
85歳のおじいさん。
「今まで病気になったことなかったのになぁ…歳はとりたくないな。」
苦笑いしながら、お腹を押さえる。
「大丈夫ですよ。すぐ元気になりますよ。ただの胃潰瘍ですからね。」
久保井さんに言葉をかける度、心が痛む…
表情をつくるのに精一杯だった。
本当は胃ガン。
発見が遅く、お腹のなかは播種性転移で手遅れ…
高齢でもあり手術はせず、緩和目的。
つまりターミナルケア。
ただ、苦しまないように死を待つ。
「はやく家に帰りたいよ。グランドゴルフも行きたいしなぁ。」
「頑張って早く帰りましょうね。」
精一杯、笑ってみせた。
やっぱり嘘をつくのは苦手だよ。
ひきつらないように頑張った。
家族の希望で本人には告知せず、胃潰瘍ということでスタッフ間も統一されている。
せめて、できるだけ苦しまないように…
それが家族の最後の希望だった。
「はい。じゃあ、これ。いつもの痛み止めのお薬です。」
「ああ、どうもありがとうな。」
ニコっと愛嬌よく笑ってくれた。
でも、渡したのは麻薬なんだ…
もう普通の痛み止めでは効かなくなってた。
麻薬であることは内緒で内服してもらってる。
「久保井さ…」
その時だった。
《ヴヴヴヴヴヴ…》
ポケットの中のPHSのバイブが振動した。
ナースコールかな?
着信を見るとナースステーションからだった。
「はい、中岡です。」
『救急来るから外来へ降りて。CPAだって。こっちは入院の準備しておくからね。』
CPA!?
心肺停止の患者様だ。
「久保井さん、すいません。失礼します。」
はぁっ、はぁっ、はぁっ
私は階段をかけ降りた。