カタン…
原井さんは数口食べるとスプーンを置いてしまった。
「もう少しだけ食べませんか?」
私の言葉に原井さんは表情を変えないまま、首を少し左右に振った。
「拭きますね。」
口の周りの汚れを拭き歯磨きの準備をする。
麻痺のある側は口の中に食べ物が残っていても気付きにくい。
でも食べ物が残ってしまってると、肺炎の原因になってしまう。
だからお食事のあとは口腔ケアが大切。
「…」
口をゆすぐ時も麻痺してる方から水が溢れてしまう。
原井さんはまた、横を向いて外を眺めてた。
食後、一息ついて言語療法士さんによる発声の訓練。
「あ、あ、あ、あ、あ。」
言語療法士さんが、口を大きく動かしてみせる。
「あ…う…」
唇が上手く動かせない。
バンッ!
原井さんが思わず左手で布団を叩いた。
「…」
すぐに我にかえって頭を下げる。
歯痒いんだよね…
当たり前に出来てた事が出来なくなること。
辛くないはずがない。
すぐに受け入れれるはずがないよ…
「…あの、すいません。」
思い付いたことがあって、看護師さんやリハビリの先生に相談してみた。
実習が終わり、100円ショップで材料を買い込んだ。
家に帰り、プラスチック板に五十音を書く。
それとは別に簡単な単語も書き込む。
『はい』
『いいえ』
『痛い』
『起きたい』
『トイレ』
…
病院にも文字板はあるけど、原井さんに何かをしたかった。
原井さん専用の文字板。
単語も原井さんが必要な単語を考えた。
文字だけだと味気ないのでイラストも書いて…
今の私が原井さんにできることは限られてた。
…でも、この文字板使ってくれるかな?
不安だ。
「ふぁああぁ…」
眠たい…
だけど、まだ実習記録予習もあるんだっけ。
あうぅぅう~…
今日は徹夜になっちゃうなぁ…
翌日も実習。
目がショボショボする…
身体がだるいよぉ。
パンッ!
「よしっ!!」
両頬を叩いて気合いをいれた。
「おはようございます。」
原井さんの病室に入り、精一杯明るく挨拶をした。