最初から、とんでもないスタートをきってしまった脳外科実習…
だけど、翌日から甥の姿はなく、私は内心ホッとしてた。
そのかわりに原井さんは、いつもお部屋に一人ぼっちだった。
テレビもただ点けてるだけで、窓から外を眺めていた。
私にはその横顔が悲しそうに見えた。
「原井さん。」
できるだけ明るく声をかける。
私が声をかけると少しだけ表情が和らぐ。
顔には麻痺があるから表情はわかりにくいんだけど…
でも、私にはそう見えたんだ。
病棟は静かだった。
水木さんは精神状態が落ち着くように、内服薬に鎮静剤が追加されたんだ。
それからはウトウトしていたり、起きていてもボーッとする時間が増えた。
薬の力って怖い…
水木さんの暗い表情を見てそう感じた。
「ずっと興奮したままだと、しんどいからって言われたのよ。」
水木さんの奥さんは爪切りをしてあげながら呟いた。
点滴は中止されて眠ったまま、鼻に入れられた管からご飯を流していた。
「人様に迷惑かけるくらいなら仕方ないよね…あんた…」
首を少し傾け、優しい目で水木さんを見つめていた。
水木さんにというよりは自分に言い聞かせてるみたいだ…
原井さんもお昼ご飯の時間だ。
食事がはこばれてきた。
食べやすいように食事はペースト状、水分やお汁はトロミがつけられたもの。
原型が判らず、ご飯はまさに糊といった感じ。
お世辞にも美味しそうとは言えない見た目…
今は麻痺があるから、誤嚥による肺炎の危険が高くて仕方ないんだ。
下手すると何も食べなくても、唾液でさえ肺に入ってしまう事もある。
食事による誤嚥予防のため、まずは姿勢を整えること。
「原井さん、ベッド起こしますね。」
ベッドを上げてるとき、少し膝が曲がるよう足元も上げる。
身体が下へズレていくのを予防するため。
ただじっと座るだけでも患者様には辛いことなんだ。
おまけに原井さんには麻痺があるから、座ってても身体を自分で支えにくい。
だんだん体が傾いていっちゃう。
床擦れも、座り続けることの邪魔になってた。
「枕を置きますね。」
身体のずれによる摩擦は床ずれを悪くしちゃうから、クッションを使って支える。
「…」
原井さんは何かを表現することなく、ただされるがままだった。
頭を少し高くし、やや前傾姿勢に。
これは気道へご飯が入りにくいようにする為。
エプロンを掛けて原井さんが、ご飯を見渡す。
「はぁ…」
ため息…
「原井さん、どうぞ。」
右に麻痺があるため左手でスプーンを持つ。
食器は右側が重たくなってて、お碗を持たなくても食べれるようになっていた。
震えながら口に運ぶ。
一度口に入ったあと食べ物がこぼれた。
「…」
原井さんの表情がグッと固くなる。
右手でしている事。
実際に使えなくなり左手でする事が結構不便になるんだ。
利き腕じゃないと、歯磨きひとつなかなか満足にできない。
原井さんは顔にも麻痺があり、口が開きにくいし触れても判りにくいといった理由があった。