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「延命希望なし」でも救急車が呼ばれる理由――高齢者施設の看取りと救急搬送の深い溝

SNSで現役の救命救急医が発信した「延命希望のない100歳の高齢者が、なぜ明け方に救急搬送されるのか」という嘆きが、大きな波紋を呼んでいます。本来、住み慣れた場所で穏やかな最期を迎えるはずだった方が、なぜ救急車で運ばれ、心肺蘇生が行われ、警察まで介入する事態になってしまうのでしょうか?

本記事では、高齢者施設からの「無駄な救急要請」と指摘されがちな問題の背景にある、介護現場の切実な事情や、DNAR・ACPといった制度の壁について解説します。また、望まない搬送を防ぎ、ご本人にとって最善の看取りを実現するために、私たち家族が元気なうちから知っておくべきポイントをわかりやすくまとめました。

心肺停止発見時の「2つの選択」 高齢者施設で 心肺停止を発見 救急車を呼ぶ (119番) ・救急隊による心肺蘇生 ・病院へ搬送され死亡確認 ・「異常死体」として警察介入 かかりつけ医に連絡 ・医師が施設へ往診 ・住み慣れた場所で死亡確認 ・警察介入なし・穏やかな看取り
目次

明け方4時、100歳の心停止――救急外来で起きていること

夜間や明け方の救急外来では、絶え間なく救急車のサイレンが鳴り響いています。消防庁のデータによれば、救急搬送される人の実に6割以上が65歳以上の高齢者です。その中で近年、医療現場で大きな課題として浮かび上がっているのが、「高齢者施設からの救急要請」です。特に、すでに寿命を全うしようとしている状況での搬送が議論を呼んでいます。

「延命希望なし」なのに、なぜ救急車が来るのか

SNSで現役の救命救急医が発信したある投稿が、大きな反響を呼びました。「明け方4時に施設から100歳の方の心停止で救急要請があった。延命処置の希望はないのに、なぜ救急車を呼んだのか」という切実な声です。

本来、これ以上の延命治療を望まないという意思が確認されている場合、住み慣れた場所で穏やかに最期を迎えることが優先されます。しかし現実には、心臓が止まってから救急車が呼ばれ、サイレンとともに病院へ運び込まれるケースが後を絶ちません。

病院に着いた時点で、救命ではなく“死亡確認”になっている現実

救急車は「命を救う」ための乗り物です。しかし、施設ですでに心肺停止状態にあり、かつ延命を望んでいない高齢者が運ばれてきた場合、病院で行われるのは治療ではなく、事実上の「死亡確認」となってしまうことが少なくありません。

救命の可能性がない状態での搬送は、患者さん本人にとって苦痛を伴う不要な処置が加えられる可能性もあり、本来望んでいた穏やかな最期とはかけ離れたものになってしまいます。

救急隊、病院、警察まで動く「誰も望んでいない搬送」

項目救急車を呼んだ場合(119番通報)かかりつけ医に連絡した場合(施設看取り)
最初の処置救急隊による心肺蘇生(胸骨圧迫など)が開始される蘇生は行わず、医師の到着を静かに待つ
移動病院の救急外来へ緊急搬送される移動なし(住み慣れた施設のベッドのまま)
医師の対応救急医が状態を評価し、死亡を確認するかかりつけ医が往診し、死亡を確認する
警察の介入病院での看取りではないため**「異常死」として警察が介入・事情聴取**継続的な診療下での自然死のため、警察の介入なし
本人・家族の負担望まない処置による身体的負担、家族の移動・心理的負担が大きい静かなお別れができ、身体的・心理的負担が少ない

施設内でかかりつけ医が到着して看取れば、静かなお別れが可能です。しかし救急車を呼ぶと、事態は大きく変わります。

  • 救急隊が規則に従って心肺蘇生(胸骨圧迫など)を実施する
  • 病院に搬送され、医師が状態を評価して死亡を確認する
  • かかりつけ医による看取りではないため「異常死体」として警察へ通報される
  • 警察が介入し、現場検証や事情聴取が行われる

本人、ご家族、施設職員、救急隊、医療機関、そして警察。多くの人が関わり時間を費やしながら、誰も幸せにならない結果を招いてしまうことが、この問題の最も深刻な部分です。

「呼ばなければいい」で済まない、高齢者施設の苦しい事情

医療者の目線からは「なぜ呼ぶのか」と疑問に思える救急要請ですが、施設側を一方的に責めることはできません。学会の提言でも指摘されている通り、高齢者施設には、救急車を呼ばざるを得ない切実で複雑な事情が絡み合っています。

夜間の施設に医師はいない――介護職だけで死を判断できない

多くの高齢者施設では、夜間に医師や看護師が常駐していません。数名の介護スタッフだけで何十人もの入居者を見守っている状態です。

法律上、死亡の判断(死亡診断)ができるのは医師だけです。夜間に急変や心停止を発見した際、すぐに連絡がつく医師がいない場合、目の前で人が倒れているのに「何もしない」という判断を介護スタッフ単独で下すのは非常に困難であり、酷な役割だと言えます。

「救急車を呼ばなかったら責められる」という現場の恐怖

施設で人が亡くなった際、もし救急車を呼ばなかったことで「なぜ見殺しにしたのか」「保護責任者遺棄ではないか」とご家族や周囲から責任を問われることを、現場のスタッフは強く恐れています。

SNSの反応でも指摘されていたように、「明らかに亡くなっている状態でも、警察の介入や後々のトラブルを避けるために、とりあえず救急車を呼ぶ」という対応が、一種の自己防衛として現場に定着してしまっている側面があります。

家族の希望、施設の契約、看取り不可の施設――背景はひとつではない

高齢者施設と一口に言っても、設置基準や医療体制はさまざまです。最初から「看取り」を目的としていない施設や、看取り対応の契約を結んでいない入居者もいます。

また、ご家族から「最期は必ず病院で」と強く要望されているケースもあります。事前の話し合いが不十分なまま急変の時を迎えてしまうと、施設としては救急要請という選択肢しか残されていないのが実情です。

DNARがあっても救急搬送される理由

近年、「DNAR(Do Not Attempt Resuscitation=心肺蘇生を行わない)」という言葉が少しずつ知られるようになってきました。しかし、この意思表示があってもなお、救急車が呼ばれてしまうのには明確な理由があります。

DNARは「何もしない」という意味ではない

DNARの本来の意味は、「心臓や呼吸が止まった時に、胸骨圧迫や人工呼吸器などの蘇生処置を行わない」というものです。これは決して「医療行為をすべて拒否する」「急変時に何もしなくていい」という意味ではありません。

肺炎の治療や痛みの緩和、酸素投与などは継続されます。そのため、心停止前の急変時には治療目的で病院へ行くべき状況もあり、「DNARがあるから救急車を呼んではいけない」と単純に結びつけられない難しさがあります。

書面がない、共有されていない、夜勤者が知らない――よくある落とし穴

ご本人やご家族が「延命はしないでほしい」と口頭で伝えていても、それが正式な書面として残っていなければ、いざという時に効力を発揮しません。

さらに、書類があっても施設の管理者の机の中にしまわれたままで、その日出勤している夜勤スタッフが内容を把握していなければ意味がありません。緊急のパニック状態の中で方針が確認できず、結果的に119番通報してしまうケースは、医療や介護の現場で頻繁に起きています。

救急隊は“空気”ではなく“確認できる情報”で動く

救急隊が到着した際、「この方は延命希望がありません」と口頭で伝えられても、救急隊は法律や活動基準に従う義務があるため、明確な指示書や医師の直接の指示がない限り、蘇生を中止することはできません。

本人の確固たる意思表示や医師の指示が客観的に証明できない限り、救急隊は目の前の命を救うための行動を全力で開始します。これが、「延命希望なし」でも望まない心肺蘇生が施されてしまう仕組みなのです。

ACPは「書類」ではなく、「その時に迷わないための準備」

望まない救急搬送を防ぐための鍵として、「ACP(アドバンス・ケア・プランニング:人生会議)」が注目されています。しかし、ACPは単に「延命するか・しないか」の同意書にサインをもらうことではありません。将来の変化に備え、あらかじめ準備しておくプロセスそのものを指します。

本人はどこで最期を迎えたいのか

まず中心となるのは、「ご本人がどのような最期を望んでいるか」です。住み慣れた施設で静かに過ごしたいのか、それとも最後まで病院でできる限りの治療を受けたいのか。この希望は時間の経過や体調の変化とともに変わることもあるため、一度聞いて終わりではなく、折に触れて確認していくことが重要です。

心肺停止時に救急車を呼ぶのか、主治医へ連絡するのか

施設で息を引き取った際、あるいは心肺停止状態で見つかった際、「具体的に誰に連絡するか」を決めておくことが実務上最も重要です。ここが曖昧なままだと、発見したスタッフは咄嗟に119番通報をしてしまいます。「心肺停止時は救急車ではなく、まずかかりつけ医(往診医)に連絡する」という具体的な行動手順を定めておく必要があります。

家族・施設・往診医・救急隊で共有されて初めて意味を持つ

話し合った内容は、関係者全員で共有されて初めて効力を発揮します。ご本人の希望をご家族が理解し、施設スタッフ(特に夜勤者)が把握し、往診医がいつでも対応できる体制を整えておく。さらに、万が一救急隊が到着してしまった場合でも、すぐに提示できる書類として準備しておく。この情報の連携が、望まない搬送を防ぐ最大の防波堤になります。

なぜ施設看取りは進まないのか

国も「施設での看取り」を推進していますが、現実にはそう簡単に進みません。そこには、施設ごとの医療提供体制の違いや、社会的な意識の壁が存在しています。

看取りを掲げていても、夜間対応できるとは限らない

「看取り対応可能」と謳っている施設であっても、24時間体制で看護師が常駐しているとは限りません。夜間は介護スタッフのみという施設も多く、急変時に医療的な判断を下すことが難しい環境です。「看取りの方針は決まっているけれど、夜間に亡くなった場合の具体的な対応マニュアルがない」という施設も少なくありません。

往診医・かかりつけ医の24時間バックアップは十分か

施設内で完結するためには、24時間いつでも連絡がつき、必要に応じて駆けつけてくれる往診医・かかりつけ医の存在が不可欠です。しかし、地域の医療資源には限界があり、すべての施設が十分なバックアップ体制を確保できているわけではありません。医師と連絡が取れない空白の時間帯があると、施設側は救急車に頼らざるを得なくなります。

「施設で亡くなること」を社会がまだ受け止めきれていない

かつて日本では自宅で亡くなるのが当たり前でしたが、現在は病院で亡くなる方が大半を占めています。「人が亡くなる時は病院にいるもの」という社会的な認識が根強く、施設でそのまま看取ることに対して、ご家族や親族から「病院に連れて行かなくていいのか」と不安の声が上がることもあります。

医療従事者から見る、この問題の本質

救命救急の現場から高齢者施設の救急要請が問題視されるのは、決して施設職員を非難したいからではありません。医療システム全体のミスマッチが起きているためです。

これは“施設職員が悪い”という話ではない

夜中の施設で、たった数名で多くの入居者を守っている介護スタッフのプレッシャーは計り知れません。医師不在の中、法的・心理的な責任を背負わされた結果としての救急要請です。この問題を「現場の無理解」や「施設職員の怠慢」として片付けてしまうと、本質的な解決から遠ざかってしまいます。

救急医療が担うべきものと、看取り医療が担うべきもの

救急医療の使命は「突然の病気やケガから命を救うこと」であり、看取りの医療の使命は「苦痛を取り除き、穏やかな最期を支えること」です。役割が全く異なる二つが混同されていることが問題の核心です。看取りの段階にある方に救急医療を提供することは、ご本人に負担をかけるだけでなく、医療の目的としても適切ではありません。

本当に救急車が必要な人に届かなくなるリスク

救急搬送の件数が過去最多を更新し続ける中、地域の救急車は常にフル稼働状態です。すでに寿命を迎えようとしている方への出動によって、交通事故や心筋梗塞など、一刻を争う救命が必要な患者さんの元へ救急車が到着する時間が遅れてしまうリスクがあります。これは地域全体の医療安全に関わる問題です。

家族に伝えたい「救急車を呼ばない選択」の重さ

もしもの時、ご家族が「救急車を呼ばない」という選択をするには、大変な勇気と覚悟が必要です。しかし、その選択がご本人にとって最善となる場合もあります。

救急車を呼ぶことは、心肺蘇生を始めることでもある

「とりあえず病院へ行って診てもらおう」という軽い気持ちで救急車を呼ぶと、心肺停止状態であれば直ちに胸骨圧迫などの蘇生処置が開始されます。高齢で衰弱したお体への心肺蘇生は、肋骨が折れるなど非常に大きな負担を伴います。「穏やかに見送る」こととは真逆の事態になることを知っておく必要があります。

「苦しませたくない」と「何もしないでほしい」は同じではない

「延命しないでほしい」という願いは、「苦しんでいても放置してほしい」という意味ではありません。救急車を呼ばず施設や自宅で看取る場合でも、息苦しさや痛みがあれば、往診医が薬を使ってしっかりと和らげます。「救急車を呼ばない=見捨てる」ではないことを、ご家族はどうか安心してご理解ください。

元気なうちに話しておかないと、最後は誰かが決めることになる

いざ心臓が止まりそうになった時、パニック状態の中で「救急車を呼ぶか・呼ばないか」を決断するのはご家族にとって残酷なことです。まだご本人の意思が確認できる元気なうちに、「その時が来たらどうしてほしいか」を話し合っておくことで、残されたご家族が迷いや罪悪感を抱えずに済みます。

高齢者施設の救急要請を減らすために必要なこと

この問題を解決し、誰もが穏やかな最期を迎えられるようにするためには、施設と医療機関、そして制度面での具体的な改善が必要です。

入所時にACP/DNARを確認するだけでは足りない

施設に入所する際の契約時に、「延命治療の希望の有無」にチェックを入れるだけでは不十分です。ご本人の状態が変化したタイミングや、定期的な面談の場で、繰り返し方針を確認し合う必要があります。書類は一度作って終わりではなく、常に最新の状況に合わせて更新していくものです。

急変時フローを夜勤者まで共有する

「○○さんが心肺停止になったら、救急車ではなく往診の○○先生に連絡する」という明確なフローチャートを、昼間の責任者だけでなく、実際にその場に立ち会う可能性が高い夜勤スタッフ全員に徹底して共有することが不可欠です。迷いなく行動できるマニュアルが、現場のスタッフを守ります。

家族への説明は「もしもの時」ではなく「入所時」から始める

状態が悪化してから看取りの話を始めると、ご家族は受け入れられず混乱してしまいます。入所時のまだ状態が落ち着いている段階から、「当施設での看取り体制」や「心肺停止時に救急車を呼ぶことのデメリット」について丁寧に説明し、時間をかけて合意形成を図っていくことが求められます。

救急相談ダイヤルや地域連携を“使える仕組み”にする

判断に迷った時に、現場のスタッフがすぐに専門家に相談できる窓口が必要です。救急安心センター事業(#7119)のような相談ダイヤルの活用や、地域の医療機関と介護施設が日頃から連携し、顔の見える関係を築いておくなど、「孤立させない仕組みづくり」が急務です。

まとめ――「無駄な救急要請」の裏にある、看取りの未整備

高齢者施設からの救急要請問題は、単なる「無駄」として片付けられるほど単純なものではありません。そこには、超高齢社会を迎えた日本の「看取りのシステム」が、まだ未完成であるという現実が隠されています。

救急車を呼ぶ現場を責めるだけでは何も変わらない

パニックの中で救急車を呼んでしまう施設のスタッフを責めたり、「責任者を出せ」と追及したりしても、問題は解決しません。必要なのは、現場の不安を取り除き、医療者不在の夜間でも適切な対応が取れるようなサポート体制を構築することです。

必要なのは、最期の過ごし方を支える制度と合意形成

ご本人、ご家族、施設、そして医療機関。すべての関係者が「どのように最期を迎えるのが一番幸せか」を共有し、それに沿った行動ができるような制度設計が必要です。ACPの普及と、施設での看取りを支援する医療・介護報酬の評価など、国を挙げた後押しが求められます。

高齢者施設の看取りは、これからの救急医療を守る課題でもある

限られた救急医療の資源を本当に必要としている人に届けるためにも、高齢者施設での穏やかな看取りを実現することは、日本の医療全体を守るための重要な課題です。私たち一人ひとりが「自分の最期をどう過ごしたいか」を考え、話し合うことが、その第一歩となるのです。

参考元

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