…寝覚めが悪い。
胸がモヤモヤしてスッキリしない。
何もしたいと思わないし、面倒臭い。
「小林さん、車椅子に座りましょうか。」
リハビリの先生が声かけてくれた。
車椅子をベットの横につける。
なんでだろ。
本当なら嬉しいはずなのに、やる気がしない…
先生の介助をうけて、なんとか椅子に移った。
ふぅー…
ん?
視線を前に移すと、女の子と目が合った。
先生の横に立っていたショートヘアー女の子。
少し大きめの赤いジャージ着て立っていた。
誰だ?
女の子は一歩前に出ると、笑顔をみせて頭を深く下げた。
「私は美里 遥。中学2年生です。今日は職場体験のため来さしていただいてます。」
ハキハキとした大きな声。
「ご迷惑かもしれませんが、お願いします。」
職場体験…
いいなぁ。
未来に対して夢がいっぱいなんだろうな。
…私に未来はあるのかな
綾がこの子ぐらいになる時には、私はどうなってるんだろうか…
「動きますよ。」
遥ちゃんがゆっくり車椅子を押してくれた。
ゆっくり前に進み…ドアを越えた。
それは初めて部屋から外の世界に出れた瞬間だった。
だけど、嬉しさではなく新しい苦痛が待っていた。
病院内を車椅子でゆっくりまわる。
出会う人が珍しそうに私をみる。
すれ違う人が振り返る。
元気だった時とは違う好奇心に満ちた目、同情の目が私に向けられていた。
喉に穴が開いて管が入っている。
酸素がつなげられている。
普通と見た目が違う事。
それだけで人の視線が気になって仕方ない。
恥ずかしい。
みっともない。
この場所から消えてしまいたい。
思わず顔を下に伏せた。
拳をギュッと握る。
もっと早く車椅子を押してくれ…
嫌だ…
もう、部屋から出たくない…
早く戻ってくれ…
!!
その時だった。
ゆっくり動いていた車椅子が急に方向を変えた。
病院の玄関の方へ向かっていく。
これ以上、更に外なんて無理だ!
何をするんだ…
止めてくれ…
やめろーー!!
たまらず目を閉じ、唇を噛み締めた。
寒い…
3月のまだ少し冷たい空気を肌に感じた。
「うわぁ…綺麗」
後ろで遥ちゃんが声をあげる。
その声に思わず顔をあげて目をゆっくり開いた。
私の目の前をピンクの花びらが数枚ヒラヒラと落ちていく。
一枚が膝の上に落ちた。
上を見上げると木の枝に花が咲いていた。
桜の花…
まだ3月の中旬。
満開ではないけど早咲きの桜が咲いていた。
冬が終わり、春がもう来てたんだ…
うつむいていままだと何も気づかなかった…
外へ飛び出さなかったら、顔を上げる事がなかった…
厳しい冬だったとしても、いつかは春が来る。
身体が固まったまま動けなかった。
桜の花に見とれて、心が震えた。
一生懸命に蕾から咲いていく春の花。
私だって、きっと…
桜の花びらが風に舞う。
まだ少ない数の花が私を優しく包みこんでくれた。
もしかすると病院に入院した事が…
普段、絶対に感じることのできない幸せを私に与えてくれてるのかもしれない。
「ふふふ。」
何?
遥ちゃんとリハビリの先生が笑っている。
「小林さん。」
先生がチョンと鼻を指差しながら鏡を渡してくれた。
…
あははは。
鏡を覗いて、私も吹き出してしまった。
桜の花びらが私の鼻の頭にくっついてた。
間抜けな顔だ。
「初めて笑顔になりましたね。」
え?
遥ちゃんの言葉に私は驚いた。
「会った最初っから、ずっと悲しそうな顔してましたよ。」
そうなの?
…でも、入院してからずっと落ち込んでいたもんな。
笑う事の方が少なかった。
「知ってますか?病気にたいする一番のお薬は笑うことなんですよ。」
遥ちゃんが自分の頬っぺたを、にゅっと両手で持ち上げた。
笑う事が?
「テレビで見たんですけど笑顔が身体にいい影響を与えてくれるらしいです。」
そういえば、遥ちゃんは出会った時から笑顔だったなぁ。
「悲しい顔してると幸せが逃げていきますよ。」
空を見上げ両手いっぱいに広げ遥ちゃんが言った。
ショックだった…
私の半分も生きていない少女に一番大切な事を教えてもらった気がする。
落ち込んでだって何も変わらないのに…
[あり、がと]
遥ちゃんの手の平にゆっくりと文字を指で書いた。
私は遥ちゃんに、今できる精一杯の笑顔でお礼を言った。
笑顔溢れるキラキラした女の子とのたった1日だけの出会い。
私は神様に感謝した。
辛いは
幸せの
一歩手前
幸せは
きっと目の前