夢を見た。
前に進みたいのに…
走っても走っても、全然前に進まない…
陽子と綾がどんどん先に進んでいってしまう。
そして、だんだん姿が小さくなっていく。
どれだけ一生懸命走っても離されていく。
足が前に進まない。
そして何時しか、一人取り残されてしまった。
その場に倒れてしまった。
足元を見てみると私には下半身がなかった。
後ろを振り返ると人工呼吸器が私を引っ張っていた。
…絶望感と孤独感に包まれたまま、そこで目が覚めた。
涙がこぼれていた。
陽子が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫?苦しいの?」
陽子が汗でびっしょりになった身体をタオルで拭いてくれた。
背中まで汗でびっしょりだった。
「すいません。着替えお願いします。」
ナースコールで看護師さんにお願いする。
…綾にはいつも自分の事は自分でしなさいって、しつけをしてきた。
だけど、入院してからの私は、誰かがいないと何もできない。
迷惑だけかけて何もお返しできず、ただ生きている。
それが今の私。
それが今の現実。
「こんにちわ。小林さん。」
言語療法士の先生。
また、口の中のお掃除の時間だ。
あーん。
口を開けて待つ。
「待ってください。今日は食べる訓練しますね。」
え?
ご飯が食べれるの?
[おねが、いし、ます]
口を閉じて、慌てて頭を下げた。
いつも薬とご飯は鼻の管からだった。
だから形のあるものなんてずっと口にしてない。
食べれるようになったら、まず何が食べたいかな?
ラーメン…
…いや、白いご飯でいい。
とにかくご飯をお腹いっぱい食べたい!!
御馳走じゃなくていい。
ご飯に味噌汁が食べたい。
「今から、お水をお口の中に入れますよ。」
水のみをそっと唇につけてくれた。
喉をモノが通るなんて何日ぶりだ?
何かを口にできる日がくるなんて思わなかった。
…
口のなかに水が広がった。
冷たい。
ただの水なのに死ぬほど美味い!
ゆっくり味わって飲み込んだ…
ゴクッ
…げほっ!
ゲホゲホ…
「むせてしまいますね…」
え?
たかが水だよ?
話す事。
息する事。
歩く事。
そして食べる事。
相変わらず何もできないままの情けない身体…
「…よ」
あ。
頭が真っ白になっていた。
いちいちショックを受けてる。
自分がこんなに弱い人間だと思わなかった。
「むせるって事は、気管に入った水を吐き出してくれてるって事なんです。」
先生がお水の入ったコップに何か粉をかけてスプーンで混ぜる。
「むせない方が誤嚥して肺炎になりますから大丈夫ですよ。」
何言ってるんだ?
むせる事自体が問題だろ?
気休めはやめてくれよ。
しかし水って飲みにくいものだったんだな。
初めて知った。
なんとかしないといけない…
生きるために!
元の生活に戻るために!
「次は水にトロミをつけていきますね。」
さっき粉を混ぜた水。
スプーンにすくって私の口元に運ぶ。
水がどろっとしてる。
気持ち悪い。
ごくっ
サラサラした水より飲みやすい。
「これなら大丈夫そうですね。」
うん。
むせなかった。
「頑張ってゼリーから食べれるように訓練していきましょうね。」
はぁーい…
私は赤ちゃんみたいになってしまった…
何もかもが1からやり直しだ。
リセットされてしまった。
今ここに小林裕は存在しない…