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3月12日月曜日(晴れ)

今日は部屋の中の人口密度が高かった。

 

リハビリの先生が二人。

佐々岡先生。
優花ちゃん。
看護師さんがもう一人。
陽子に綾、お袋。

 

 

「さあ、今から座りましょうか。」

リハビリの先生がベッドの横に車椅子をつける。

車椅子に座るという事自体が生まれて初めての経験になる。

車椅の後ろには酸素ボンベがついていた。

 

 

「よいしょっ…と。」

まずはベットの端に座らせてくれた。

酸素を車椅子のボンベに繋ぎ変える。

 

 

「いきますよ!」

リハビリの先生が私の正面に立つ。
私の足の間に自分の足を差し込んで両手を私の腰にまわした。

 

 

もう一人のリハビリの先生が背中に回り込む。

二人に支えられて立ち上がった。

 

どっこいしょ…っと

自分の足で立ち上がった。

 

 

だけど足に全然力が入らない。
ガクガク膝が笑う。

こんなんじゃ歩くどころか立つことさえできない…

もの凄いショックだった。
改めて自分の身体が別のモノみたいに感じた。

 

 

 

支えてもらいながら私は車椅子に腰をかけた。

「どうですか?しんどくないですか?」

 

 

 

みんなの視線が私に集中している。

ゆっくり周りを見回してみた。

いつもベッドの上だったから、いつも自然と見下ろされていた。

 

 

でも結局、車椅子からの視線は低くて皆を見上げないといけない。

 

 

 

だけど風景は違った。

ただ椅子に座っただけなのに…
世界が広がった。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

ボーっとしていた。

 

 

優花ちゃんが心配そうに顔を覗き込んでいた。

何かわからない感情。
何と表現したらいいのか…
何と答えたらいいのか解らない…

 

 

 

自分が居なくなったベットを見つめていた。

私はずっと、あの場所から動けなかったんだ。

 

…じわっと実感が湧いてくる。

 

 

自由になった気がした。
たかが、車椅子に座れただけの事。

それでも、私にはとても大きな出来事だった。

 

「小林さん。」

優花ちゃんが私の前に立った。

 

 

 

「人は普段は頭が一番高い位置にありますよね。」

 

 

ゆっくり腰を降ろし、視線を合わしてくれる。

優花ちゃんの、その言葉に頷いた。

確かに、立っても座っても頭が一番上になる。

 

 

 

「だから、ずっと寝たまんまだと脳が入ってくる情報を混乱してしまうそうですよ。」

 

 

…え?
脳が混乱する?

…そういえば

自分が何を考えてるのか。

今が夢か現実かわからなくなってしまう事があった。

 

 

 

恐怖で気が狂いそうになり何度も叫んだ。
声が出ないその叫びは誰にも届かない。

だけど、ずっと叫び続けてた。

 

 

 

 

優花ちゃんが私の足に触れた。
その刺激で我にかえった。

 

 

「頭を一番高くして、足の裏を地面につける。頭の刺激にすごく大切な事なんですよ。」

へぇ~…
足の裏に刺激…か。

 

 

忙しくても優花ちゃんはいつも一生懸命、足を洗ってくれてた。
マッサージをしてくれたなぁ。

優花ちゃんと目が合った。

私は思わず頭を深く下げていた。

有り難う…

 

 

ふう…
身体がしんどい。

座るだけでも、身体がしんどいなんて今まで知らなかった。

考えた事もなかった。

まだ、そんなに長く座ってないのに自然とお尻が前へとズレていく。

 

 

「最初なので今日はこのぐらいにしておきますしょうか。」

私の顔をみて、佐々岡先生が心配して声をかけてくれた。

 

 

…はい。

 

 

本当は戻りたくない。
だけど、身体は疲れた。
横になりたい。

私は頷いた。

 

 

「よいしょ…」

ゆっくりベッドに寝かされた。

 

 

《ゴロゴロ…》

 

 

「痰溜まってますので、取っておきますね。」

不便な身体。
持ち主の言うことを全然聞いてくれない…

 

 

目線の先には天井。
いつもと同じ景色。

 

 

横になると、こんなにも違うんだ。
孤独感に包まれる。

結局、部屋からは一歩もでれなかった。

 

 

 

…この状態になるまで本当に長かった。

…だけど、この先どれだけの時間がかかるんだろ。

 

 

 

1ヶ月過ぎてまだ、部屋から出られない…

足に力が入らず、立てれる気すらしない…

これから先の事を考えると気が遠くなりそうだ。

元気になる保障なんて何処にもない。

 

 

 

頭がおかしくなりそうだ。

車椅子に座れた事を素直に喜べない自分が情けなかった…

その夜、私は眠れず一人叫んだ。

声にならない声で。

何を叫んでいたのか自分さえわからずに…

 

 

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