《すこしだけ》
「そうなんですか。大変でしたね…」
私は原井さんと文字盤を使って雑談していた。
私の手作りの文字盤を、原井さんは使ってくれてる。
嫌がられたらどうしようかと不安だったけど、良かった。
「原井さん、何でお髭を剃らないんですか?」
長く伸びた髭が私は気になってた。
初めて会った時は伸ばしてなかったのに…
《…》
原井さんの動きが止まる。
「ごめんなさい、無理に答えなくてもいいです。」
うぅ…
私、また余計な事聞いたのかな?
《よだれ》
原井さんが文字盤で指した文字。
涎?
「涎ですか?」
原井さんが頷いた。
原井さんは顔面麻痺が残り、本人が知らないうちに涎が流れている。
…それを気にしてたんだ。
原井さんは、せめて少しでも涎が目立たないようにと髭を伸ばしてた。
それなのに無神経に、私は何度も髭を剃るように声をかけてた。
また、無神経だった…
「やれやれ…あんた、まだ居たんだ。」
!!
聞き覚えのある威圧的な声。
振り向くと、原井さんの甥が立っていた。
「叔父も可哀想に。こんな学生つけられてさ。」
どっかりとベッドサイドの椅子に腰かけた。
腹が立つよぉ…
うぅ…我慢、我慢。
「…失礼します。」
私は頭を下げてナースステーションに帰ろうとした時だった。
甥がグルッと周りを見渡し言った。
「しっかし、どいつもこいつも涎垂らしたり、オムツしたり…惨めだな。こうはなりたくないよ。」
「みっともない姿さらし、人の世話うけて…」
「取り消してくださいっ!」
私は気がつくと叫んでいた。
今の言葉だけは絶対に許せない。
一生懸命、闘ってる患者様を前にして馬鹿にするなんて!!
「あ?」
「あなたの方が、よっぽどみっともないです。」
男性の前に立ち、私は睨んでいた。
ガタッ。
私の言葉にカチンときたのか、顔を真っ赤にして男性は立ち上がった。
「おいっ学生ごときが問題起こして大丈夫なのか?お前、何処の学校だ?」
私の襟首を掴んできた。
…怖いっ…
けど、譲れない!
許せないっ!
何も知らないくせに。