今日は珍しくお袋と二人っきり。
陽子が洗濯するために、家に帰っていたためなんだけどさ。
「へぇー…」
お袋は熱心にワイドショーを見ていた。
芸能リポーターが映る。
一人を大勢で囲んで、家まで押しかけて…
チャンネルを変えても同じ話題ばかりだった。
日本人の悪い癖。
テレビや雑誌に振り回される。
流行というものに流され、飽きてすぐに忘れいく…
メディアの力ってすごい影響力があると思う。
報道すれば、記事にすれば、それは真実として伝わってしまう。
不特定多数の人達に…
それが本人にとって望んでても、望まれてなくても。
人を傷つけ…人を救って…
『次の話題です…』
「ああ、あの子供。助かったんだねぇ…」
お袋が目を細めた。
ああ、そういえば少し前に話題になってたなぁ。
テレビ画面には赤ちゃんが映ってる。
生まれつきの難病らしい。
聞いた事もない病名。
映像では小さい小さい身体に、管がたくさんつながっていた。
家族のインタビュー画面に変わり、涙ぐむ母親が映った。
そして、駅前で募金活動を行う支援者の姿に変わる。
アメリカ行きの飛行機に乗り込む両親と子供。
ドキュメンタリーとしてテレビでこの赤ん坊の事を取り上げた。
難病に苦しめられる可哀相な家族。
手術しないと助からない。
だけど、そのためには大金が必要だ。
テレビで視聴者に呼び掛けた。
インターネットで呼び掛けた。
この子を助けよう!って
その結果、全国から募金が集まった。
そして、そのお金でアメリカへ渡り国手術を行った。
…すごいよなぁ。
ひとつの命が助けられた。
たくさんの人々の善意という名の力で。
…この子は幸運だった。
きっと、同じような病気でも助からなかった子が他にどれだけいるのだろうか…
世界では、僅かな善意も受けられずに今も亡くなっていく子供がいる。
もし、それが運命なんて言葉一つで片付けられたら悲しすぎる。
現実に病気に苦しみ、闘ってる人は星の数程溢れてるんだから。
初めは今の状況を信じれなくなくて、否定ばかりしてた…
それでも人ってだんだん慣れるもんなんだな。
悲しみも喜びも…病気にも…
今の状態に慣れていく。
でも、だからこそ生きていける。
病気に対して前を向けれるんだと最近気付いた。
生きてるって事を今まで意識せずに生きてきたけど…
病気になってすごく感じれるようになった。
こんな身体でも、今私は生きている。
生きていけるんだ。
それだけが今の事実。
「…そういえば、裕。もうすぐあなたと陽子さんの結構記念日ね。」
みかんを食べながら、お袋が話しかけてきた。
目線はワイドショーに向けたまま。
もうすぐ10年になる…
ずっと、迷惑ばかりかけてきた。
挙げ句の果てに、入院だなんてな。
最低な夫だ。
「…。」
《ガチャ…》
あれ、お袋?
黙って出ていった。
トイレかな?
しばらく、ぼーっとテレビを見ていた。
お袋、遅いな。
帰ったのかな?
《ガチャ》
「あなた、ただいま。」
ん?陽子?
用事終わったんだ。
両脇に着替えやタオルかを詰め込んだバックを抱えていた。
目が真っ赤になってる。
頬には涙を拭き取った跡が残ってた。
[どうした]
だいぶ筆談も慣れて、以前より大分スムーズになってきた。
私はちょんと目尻を指差した。
「んーん、何でもないよ。」
左右に首を振り、笑ってみせる。
そして、慌てて背中を向けてしまった。
…ずいぶん、痩せたなぁ。
もともと細かった身体が、更に小さく見えた。
…私より先に陽子の方が倒れてしまうんじゃないか?
ごめんな…
退院したら、好きなものいっぱいいっぱい食べさしてやるから。
サーモンが大好きな陽子。
その時だけは幸せそうな顔をみてせくれる。
退院したら死ぬほど食わしてやる。
元気に笑った顔を、取り戻したい。
陽子は、そのままそっとソファーに横になった。
私は毛布を掛けてあげる事さえできない。
もうすぐ結婚記念日。
本当はプレゼント用意してたんだ。
…元気になったら、きっと渡せるよな。
…私の精一杯の気持ちを伝えるんだ。