5月1日火曜日(晴れ)
《プシュー、プシュー》
あぁ、今日も生きてる。
よかった。
『お久し振りです。』
『いえいえ、気を遣わなくていいのに…』
『あぁ、あのときは…』
…
今日はお隣がいつもよりにぎやかだな。
いろんな人が入れ替わりお見舞いに来ているみたいだ。
『今年のゴールデンウィークはまだ道が空いてる方でしたよ。』
『遠いとこからすいませんね。』
ああ、そうか。
ゴールデンウイークに入ったんだ。
病院ではいつもと変わらない時間が流れているから忘れてしまう。
…私の部屋は相変わらず人の気配がない。
『あははははは。』
楽しそうだな…
入院したときは面会なんて来られるのは嫌だった。
病気で弱ってる姿見られたくなかったし…
変に気は使うし
会話はないし
なんか白々しくなる
でも…
強がってみせても本当は羨ましかったんだよ…
今、実際に誰も来ないと自分が情けなく感じる。
自分の人望は
自分の価値は
自分の人生は
…いったい何だったんだろうか。
この世に必要とされてないことを実感してしまう。
自分は必要ない…
でも、否定できない。
私がいなくなっても世界は変わらない。
小さな小さな存在。
ゴールデンウイークか。
去年のゴールデンウィークは大変だったっけな。
「ねえねえパパ、花火だよ。」
「うーん…」
綾のせがむ声。
手に持ってたのは幼稚園からもらってきた広告。
「あなた、どうするの?」
陽子がエプロンを外して私の隣に座る。
「ねぇ、行きたい。行きたいよぉ。」
ぴょんぴょん跳び跳ねて腕を掴む綾。
期待いっぱいの目で私を見つめる。
「うーーーん…」
「はぁ…」
隣で呆れたようなため息が聞こえてきた。
ポリポリポリ。
私は思わず両手で頭を掻きむしった。
「ぱぱぁ。」
「あなた。」
二人の声が重なる。
うーーーーーんんんんん…
「わぁぁーーい♪」
「…。」
綾は一人はしゃいでいた。
後から歩く私と陽子は言葉を失っていた。
いつもは人気のない遊園地なのに。
この日だけは、どこを見ても人しか見えない。
「まじで?」
目が点になっていた。
すぐに乗れる乗り物さえ30分から1時間待ち…
はぁあぁぁあ…
なんて馬鹿らしいんだ。
「パパ、こっちこっち。」
綾に手を引っ張られ行列の一番後ろに並ぶ。
どう足掻いても娘の笑顔には勝てないよ。
「ママぁ。」
「おーい、ママ。」
メリーゴーランドから二人で陽子に手を振る。
そして待ち時間が長く、乗り物にあまり乗る前に夜になった。
《パァーン!!》
「わぁぁ…」
「綺麗…」
真っ暗な暗闇に光の花が咲き誇る。
次から次から重なり合い。
一瞬だけ咲き消えていく。
ため息が
歓声が
拍手が
同じタイミングで巻き起こった。
いろんな事を忘れさせてくれる光が皆を包み込んでくれた。
「やだよ、まだ帰りたくないよ。」
家に帰る時間に綾が泣き出した。
「綾、またいつでも来れるから。」
綾を抱き上げ私は髪を撫でた。
「本当に?」
「ああ。」
「あぁ、もう。動けよ!」
行きも帰りも渋滞、渋滞…
人人人人人人人。
もう身体はグッタリ。
仕事で疲れた身体にはこたえるな…
日曜日は日曜日で家族サービスの日。
じゃあ体を休める日なんてないよな。
ストレス発散する日もないよ。
ガンッ!
「だから嫌なんだ。外出なんて…」
思わずハンドルを叩いた。
はぁ…
そっとバックミラーを覗くと後ろの席で眠る嫁と娘。
「…」
幸せそうな寝顔。
まあ、いいか。
綾、陽子。また来年、来ような。
…
《プシュー、プシュー》
あのとき、私は時間が当たり前にあると思っていた。
『綾。また、いつでも来れるからな。』
平気でそんな事言ってたな。
明日は当たり前にくるものだと思ってた…
現実は
…朝(あした)はあたりまえに訪れない。
いつかは失ってしまう時がやってくる。