…
う…ん…
《プシュープシュー…》
ふぅ…
機械の音で目が覚める。
ぐっすり眠れない。
背中が痛い。
腰も痛い。
少しの物音で目が覚めてしまう。
頭がボーっとする。
別の人の身体みたいな感覚におそわれる。
今は朝?夜?
病室にいると時間も天気も季節もわかりにくい。
浦島太郎みたいだ。
いつもと同じように天井を見つめた…
と、いうか目を開けると天井が視界に入るから嫌でも見てしまう。
見飽きた風景が目の前に…
…あれ?
殺風景なはずの天井。
いつもと違う風景が広がっていた。
写真。
それは写真だった。
動物の写真。
花や風景写真。
私の家族の写真。
大きく引き伸ばされて天井いっぱいに貼ってあった。
《コンコン》
「失礼します。」
ドアが開いて誰か入ってきた。
「小林さん、おはようございます。」
優花ちゃん。
ニコニコといつも笑顔で声かけてくれる。
「…写真どうですか?」
膝を曲げて、ベットに横になってる私の目線の高さを合わせてくれる。
写真?
まさか、これ…
「いつもいつも、悲しい顔して天井をジッと見つめてたから…」
そう言って一緒に天井を見上げてくれる。
…そんなところまで気にして観ていてくれたんだ。
…天井に写真があるだけ。
だけど、全然違う。
ちょっとした事が世界が変わる。
「黙って勝手な事してごめんなさい…」
いやいや
そんな事ないよ!
嬉しい!
…本当に嬉しいよ
「小林さん、リハビリ頑張りましょうね。」
リハビリ…
なんで?
悪いのは肺なのに?
少し、手足も感覚が出てきたし大丈夫だよ。
「使わない機能はどんどん低下するんですよ。筋肉だけじゃなくて関節も固くなるし内臓も脳も衰えるんです。」
えっ、そうなんだ。
「身体はそのままでいてくれないんです。」
使わないものは弱っていくんだ…
維持しない。
身体って不便なんだな。
知らないうちに身体が悪くなっているんだ。
眠っていただけで私の身体の力は…
肺の病気だから肺が良くなれば元気になれると思ってたのに。
身体中がバランス崩してしまってるんだ。
ショックだ。
うーん…
気持いい。
「熱くないですか?」
ヒゲを剃り終わると蒸しタオルで顔を拭いてくれた。
次にベッドに寝たままドライシャンプーで頭を洗ってくれる。
「痒い所ないですか?」
大丈夫だよ。
ごめんね。有り難う。
最後に足浴。
「どうですか?」
下半身がポカポカして気持ちいい。
お風呂に入ってるみたいな感じがする。
さっぱりして気分転換にもなった。
「お風呂入ると酸素が結構消費するんです。しばらくは入れないから、ごめんなさい。これで我慢していただけたら…」
我慢?
とんでもないよ。
忙しいはずなのに嫌な顔一つせず丁寧にしてくれて。
ナースコール鳴らすだけで凄い嫌な顔する看護師さんもいるのになぁ…
辛い入院生活。その中で心の支えになってきていた。
本当に有り難う。
しゃべれない代わりに
心の中で何度も何度も繰り返した。
夜になって周りが静かになる。
改めて、天井を見つめてみた。
みんなが笑っている家族写真。大きく引き伸ばしていた。
…入院してからは陽子の疲れた顔や泣き顔しか見てないなぁ。
笑った顔がやっぱり一番綺麗だな。
付き合い始めた時はこの笑顔が見たくて頑張った。
喜んでくれるとこっちもうれしくなった。
また、陽子が自然と笑えるように頑張らないと。
…しかし、あいつめ。写真の事、私に内緒で優花ちゃんに協力してたんだな。
花の写真。
真っ直ぐ太陽に向かって咲く向日葵。
猫の写真。
気持ち良さそうに丸くなって眠っている。
道の写真。
アスファルトから突き破って生えてる雑草。
…あれ?
なんだろう。
写真の端に小さく文字が書いてある。
うーん、見えないなぁ。
えっ…と
[小林さん、元気になりますように…]
[あなた、頑張ってね。信じてます。]
[パパ、負けるな!]
…うん。
頑張るよ。
元気になります。
弱音なんて吐きません。
精一杯頑張るよ。
絶対に退院するんだ。
負けない!
大丈夫
今が底辺のはずなんだ。
上を見るしかない。
頑張るしかない。
うつむいてるヒマなんてない。