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〃脳外科⑩〃



お髭は何度かお願いしても、何故か剃らしてくれなかった。


ご飯もやっぱり、ほとんど手をつけないまま。

食べたいものを尋ねても、無いと首を左右に振ってしまう。




私は、足浴と車椅子で散歩に行くぐらいしか出来なかった。






車椅子に座ると、ロビーや中庭でしばらく過ごす。


会話は出来なくても、人の集まるところが好きみたいなんだ。



悲しそうな顔が、少し和らいでるように見える。




…そうだ。


私は思いきって師長さんに、大部屋への部屋移動を相談してみた。




師長さんも、原井さんのリハビリや食事が進まない事を気にしていた。


「…確か同じ脳梗塞で麻痺のある方の部屋が空いてたわね。」


師長さんはそう言って、しばらく考えこんでいた。




翌日、原井さんは4人部屋へ移ることになった。



甥に電話で説明し、お部屋代がかからないと知ると二つ返事でOKがでた。



洗濯物については、『そのうち行きます。』とだけ。

相変わらず溜まったままの服やタオル。

原井さんは着るモノがなくて、病院の服を貸し出ししついた。



身寄りのない原井さんは、あの男性しか頼る相手はいない。


原井さんは孤独感が強かった。



「宜しくな。」
「こんにちわ。」
「どうも。」




同室者は坂さん、樋口さん、田辺さん。


坂さんは脳梗塞。
原井さんと同じく右手足の麻痺。


田辺さんは慢性硬膜下血腫の手術後。


樋口さんは脊椎損傷。
20代の若い方だけど、下半身の強い麻痺で寝たきりになっていた。




原井さんは入室時、目を会わさず軽く頭を下げた。



「さあ、頑張るか!」


「はーい、行ってらっしゃーい。」




皆さん、明るい方だった。
そしてリハビリに真剣だった。


前を向いて、不自由な身体を一生懸命動かす。



若い樋口さんも、少しでも自分の事は自分でしようと最低限の援助だけ受けていた。




「あの…病気、辛くないんですか?」


私は思わず聞いてしまった。


 

 

 

聞いた後に、何て失礼な質問だとすぐ気付いた…


でも、もう取り消せない。


 

「ああ、辛いよ。当たり前じゃんか。」

 



少しの沈黙のあと…


「麻痺ってどんなのか判るか?自分の両足の感覚が何もないんだ。」



樋口さんは、苦笑いしながらギュッと足をつねった。

つねった痕が赤くなる。


「ただ重たいんだ。他人のモノみたいな感じで。」


私の横で話しを聞きながら、原井さんは左手で自分の右手を触っていた。


原井さんも同じなのかな…

自分の腕や足が別のものみたいで、辛いのかな。



「失禁さえわからないんだ。はははっ、この歳でオムツだぜ?」


興奮して、声が少しずつ大きくなる。


樋口さんの脊椎損傷はバイク事故が原因。

相手の車が信号無視して受傷し、それがきっかけで下半身の機能を失った。



「あまりに突然で実感がなかったさ。」



唇をグッと噛み締める。

「なんで俺だけが…こんな目に…」





私はなんて馬鹿なんだ。

辛くて当たり前の事、なんで聞いてしまったんだろ…



「ごめ…」
「でもな、落ち込んでても治ってくれない。何も変わらない。それが現実なんだよ。」



首を左右に振って、口さんはニカッと笑った。



「惨めでも、足掻くくらいは精一杯しないとさ。」




横で話しを聞いていた原井さんの表情が変わった。



「単にそれしか、できないだけなんだけどね。」



樋口さんは言ったあと、照れ隠しするように頭をポリポリ掻いてみせた。

 

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