「お迎えが来たのでお願いします。」
しばらくして家族の方が荷物を抱え、最後の挨拶に来た。
荷物の中に混じったパズルの入った額縁。
中谷さんはパズルを組み立てるのが好きで、入院中すごい数になっていた。
その中の一つは作りかけのものがあった。
中谷さんが大好きだった海の風景。
毎日、楽しそうに作っていた姿が思い浮かぶ…
空が欠けたピース…
未完成なままの思いが取り残されていた。
「皆さん、本当にお世話になりました。」
家族が深く…深く頭を下げる。
病院の出口までスタッフ、ドクターで中谷さんの退院を見送る。
「それでは責任もって運ばさしていただきます。」
葬儀会社の方が挨拶をし、中谷さんの台車が車に乗り込んだ。
もう一度、家族の方がこちらに深く頭を下げた。
そして車が走り出した。
スタッフ一同、車が見えなくなるまで頭を下げてお見送りをした。
《~♪》
ナースステーションに戻ると、鳴り響くコール。
「はい、どうされましたか?」
312号室の藤田さん。
私の今日の担当患者様だった。
47歳の女性で、抗がん剤による化学療法を行っていた。
『……』
何も返答が返ってこなかった。
「今からお伺いしますね。お待ちください。」
どうしたんだろ?
「すいません、藤田さんのところへ行ってきます。」
先輩看護師に声をかけ312号室へ向かった。
何かあったのかな?
廊下を走ることはできないので足早に病室に向かう。
「失礼します…」
部屋に入ると藤田さんの表情が強張っていた。
「どうしま…」
「昼から髪の毛洗ってくれるって言ってたのに、どうなってるの!」
あ!
中谷さんの事で頭がいっぱいになって忘れてた。
「ずっと楽しみに待っていたのにっ!」
「すいませんっ。」
中谷さんの事で忙しかったとしても、藤田さんには関係ないこと。
言い訳にもならない…
「もういいわよ。」
藤田さんは横へ向いてしまった。
緊張の糸がきれて、疲労感に包まれた。
はぁ…
やりきれなさで頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
死に対し圧倒的に無力な存在。
だったら、何のために私たちは居るのだろう…
看護って何のためにあるんだろ…
何のために私はがんばるんだろ…