5月4日金曜日(晴れ)
照明も落ちて真っ暗になったグラウンド。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
どのくらいボールを蹴ったんだろう。
そして、どのくらいボールを追いかけ走っただろうか。
明日は選手発表の日。
私にとって、高校最後のサッカーの大会だった。
「おーい、もうボールも見えないしあがろうぜ。」
貴志が私に声をかける。
「ああ。」
肩で息しながら手で額を拭った。
身体は土と汗だらけになっていた。
やれる事はやった。
ボールを片付けグランド整備をした後、部室でシャワーを浴びる。
「ひゃー、気持ちいい。」
身体にかかる水が熱くなった身体を冷やしてくれた。
「あぁ、最高だよな。」
私の声に隣のシャワー室から返事が返ってくる。
みんなが帰った後も貴志は毎日、私につきあって最後まで練習を手伝ってくれた。
「閉めるぞ。忘れ物ないか?」
《ガチャガチャ》
部室の鍵を締めて学校を後にする。
外はもう真っ暗だ。
星も月も雲に隠れていた。
帰り道、いつもの駄菓子屋に寄る。
お腹が空いて、家まで我慢できないのが理由の一つ。
あとは、駄菓子屋で連るんで話ししている時間が好きだった。
「…貴志、ありがとな。」
隣でお菓子を頬張ってる貴志に頭を下げた。
パチン。
すかさず、貴志は私のオデコを軽く叩いた。
きょとんとしていた私に貴志はニヤリと笑いながら答えた。
「何言ってんだ。俺たち友達だろ?」
「ああ。」
友達か。
「よし、今から選手の発表をするぞ。」
翌日、監督から大会に登録する選手の発表がされた。
…
部員の間に緊張が走る。
誰もが唾を飲み込んだ。
「斉藤。」
「はい。」
「亀田。」
…
次々名前が呼ばれていく。
そのなかで、私の名前はなかなか呼ばれないでいた…
まさか…
嫌な汗が背筋を流れる。
いや大丈夫だよ。
精一杯やれるだけの事はしたんだから。
自分で自分を一生懸命勇気づける。
「最後に多田野。」
「はいっ!」
「…以上だ。選ばれた奴も選ばれなかった奴も一緒に戦っていこう!」
「おおっ!」
最後まで私は名前を呼ばれなかった。
しかも3年生で一人だけベンチにも入れないというオマケつきで。
「裕…」
貴志が私の方を見ていた。
「はははははは。」
私はマトモに皆の顔を見れなかった。
精一杯、平気なふりしたけど、そこまで強くなくて…涙が込み上げていた。
貴志が私の肩に手を置くと、私の耳元で、そっと呟いた。
「ざまーみろ。」
…
また…夢…か。
《プシュー…》
ん…
嫌な汗でびっしょりだ。
最近、夢ばかり見る。
なあ、貴志…
私は今でも信じられないんだ。
本当に私を嫌ってたのか。
『ざまーみろ。』
貴志の言った葉が頭の中でも繰り返される。
胸がギュッと締めつけられる。
実は自分の耳がおかしかったんじゃないんだろうか…
単に空耳だったんじゃないか。
そう思いたい。
だけど今となっては確認ができない。
…いや、確認できるとしてもやっぱり怖いや。
言ったと認めたられたら信じるものが無くなってしまう。
貴志とは付き合いが長かった。
もう30年前までさかのぼるのかな。
私たちは同じ幼稚園に入園した。
幼稚園のときは私たち二人は喧嘩ばかりしていた。
おもちゃの取り合い、先生の奪い合い…何をしてもすぐにケンカばかりした。
大っ嫌いで顔を見るのも嫌だったんだ。
生傷がお互いに絶えなかった。
小学校に行くようになった時、幸いクラスが分かれ顔を会わす事がなくなった。
小学生の6年間はあまり関わる事なく、距離が開いていった。
そのまま中学校も同じ学校だったけど、廊下ですれ違う事があっても話すことがなかった。
そう思うと不思議だな。
仲良くなるきっかけなんてたわいないもので。
いつのまにか、いつも一緒に居るようになっていた。
そのきっかけは高校への進学。
高校まで同じ学校で…
今度は同じクラス。
そして同じ部活に入部したんだ。
幼稚園の頃より少し大人になった私たちは、自然と普通に話しをするようになっていった。
貴志は小学生の頃からサッカーをしていたが、私は高校でサッカー部に入った。
Jリーグが始まったばかりの頃で、周りからは流行りだからねと鼻で笑われたっけ。
私は夜遅くまで汗だらけになり走りまわった。
ボールを蹴るのが楽しくて一生懸命頑張った。
選手発表の後、貴志は私に言葉はかけずにただ肩を叩いてくれた。
変な気休めを言わないでいてくれた貴志を、その時の私にはありがたかった。
「なあ裕、一緒の所に行こうぜ。」
「ああ。」
進路で悩んでた私は貴志の一言で同じ大学に行く事を決めた。
ただ、私はその大学の合格ラインになかった。
「頑張っ!」
そのときも貴志が付き合ってくれた。
ハチマキに貼り紙。
問題集と常ににらめっこ。
貴志は嫌な顔せず、自分の勉強時間を削ってまで私に勉強を教えてくれた。
「…あった。貴志、番号あったよ。」
そして、そのおかげで二人揃って合格できたんだ。
気がつけば就職先まで同じ所という長い長い腐れ縁。
貴志がいなければ今の私は存在していない。
私にとって、とても大きい存在。
それは感謝という言葉だけでは表現できないよ…
実は陽子と私が付き合い始めたのも、貴志のおかげなんだ。
声をかけれず、おどおどしていた私の背中をポンと叩いてくれた。
「おいおい、大丈夫だってば。自信持てよ。駄目なら朝まで酒ぐらい付き合ってやるからさ。」
貴志がいなければ、間違いなく片思いで終わっていただろう。
おまけに最初のデートでも、どうすればいいのかわからず貴志に来てもらった。
何かあるたびに相談していた。
そう考えると、本当に情けない奴だよな…
グジグジ男らしくない…
「ったく。仕方ないなぁ。」
いつも困った顔しながらも、嫌とは言わず付き合ってくれた。
私は本当に親友だと思っていた。
心から信じていた。
…だからこそ、私は甘え過ぎてたんだな。
こんな情けない私に嫌気がさしたのかもしれない。
はぁ…
今さらながらに気づいた。
私に貴志を恨む資格なんて、どこにもなかった。
貴志がいなければ私も存在しなかった。
いつも迷惑ばかりかけて…
そんな私は貴志に何をしてあげたのだろうか…
大馬鹿野郎だ。
本当に、私は馬鹿だ。
馬鹿は死ななきゃ治らない…
でも、死ぬ前に一度…貴志に謝りたい。
貴志
もう一度会いたいよ。