2月21日水曜日(曇り後晴れ)

 

 

 

 

う…ん…

 

《プシュープシュー…》

ふぅ…

 

 

機械の音で目が覚める。

 

 

ぐっすり眠れない。
背中が痛い。
腰も痛い。

 

 

少しの物音で目が覚めてしまう。
頭がボーっとする。

 

 

別の人の身体みたいな感覚におそわれる。

 

今は朝?夜?

病室にいると時間も天気も季節もわかりにくい。

浦島太郎みたいだ。

 

 

いつもと同じように天井を見つめた…
と、いうか目を開けると天井が視界に入るから嫌でも見てしまう。

見飽きた風景が目の前に…

 

 

 

 

 

 

…あれ?

 

 

殺風景なはずの天井。
いつもと違う風景が広がっていた。

 

 

 

写真。

 

 

それは写真だった。

 

動物の写真。

花や風景写真。

私の家族の写真。

 

 

大きく引き伸ばされて天井いっぱいに貼ってあった。

 

 

《コンコン》

 

 

「失礼します。」

 

 

ドアが開いて誰か入ってきた。

 

 

「小林さん、おはようございます。」

 

 

優花ちゃん。

ニコニコといつも笑顔で声かけてくれる。

 

「…写真どうですか?」

 

膝を曲げて、ベットに横になってる私の目線の高さを合わせてくれる。

 

 

写真?
まさか、これ…

 

 

「いつもいつも、悲しい顔して天井をジッと見つめてたから…」

 

 

そう言って一緒に天井を見上げてくれる。

 

 

…そんなところまで気にして観ていてくれたんだ。

…天井に写真があるだけ。

 

 

だけど、全然違う。
ちょっとした事が世界が変わる。

 

 

「黙って勝手な事してごめんなさい…」

 

 

 

いやいや
そんな事ないよ!

嬉しい!
…本当に嬉しいよ

 

 

「小林さん、リハビリ頑張りましょうね。」

 

 

リハビリ…

なんで?
悪いのは肺なのに?

 

少し、手足も感覚が出てきたし大丈夫だよ。

 

 

 

「使わない機能はどんどん低下するんですよ。筋肉だけじゃなくて関節も固くなるし内臓も脳も衰えるんです。」

 

 

えっ、そうなんだ。

 

 

「身体はそのままでいてくれないんです。」

 

 

 

使わないものは弱っていくんだ…
維持しない。

身体って不便なんだな。
知らないうちに身体が悪くなっているんだ。

 

 

っていただけで私の身体の力は…

肺の病気だから肺が良くなれば元気になれると思ってたのに。

身体中がバランス崩してしまってるんだ。

ショックだ。

 

 

 

 

うーん…
気持いい。

 

 

「熱くないですか?」

 

 

ヒゲを剃り終わると蒸しタオルで顔を拭いてくれた。

次にベッドに寝たままドライシャンプーで頭を洗ってくれる。

 

 

「痒い所ないですか?」

 

 

大丈夫だよ。
ごめんね。有り難う。

最後に足浴。

 

 

「どうですか?」

 

 

下半身がポカポカして気持ちいい。

お風呂に入ってるみたいな感じがする。

さっぱりして気分転換にもなった。

 

 

 

「お風呂入ると酸素が結構消費するんです。しばらくは入れないから、ごめんなさい。これで我慢していただけたら…」

 

 

 

我慢?
とんでもないよ。

忙しいはずなのに嫌な顔一つせず丁寧にしてくれて。

ナースコール鳴らすだけで凄い嫌な顔する看護師さんもいるのになぁ…

 

 

辛い入院生活。その中で心の支えになってきていた。

本当に有り難う。

 

しゃべれない代わりに
心の中で何度も何度も繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜になって周りが静かになる。

改めて、天井を見つめてみた。

 

 

 

みんなが笑っている家族写真。大きく引き伸ばしていた。

 

 

…入院してからは陽子の疲れた顔や泣き顔しか見てないなぁ。

笑った顔がやっぱり一番綺麗だな。

 

 

付き合い始めた時はこの笑顔が見たくて頑張った。
喜んでくれるとこっちもうれしくなった。

また、陽子が自然と笑えるように頑張らないと。

 

 

 

 

…しかし、あいつめ。写真の事、私に内緒で優花ちゃんに協力してたんだな。

 

 

花の写真。
真っ直ぐ太陽に向かって咲く向日葵。

 

 

猫の写真。
気持ち良さそうに丸くなって眠っている。

 

 

道の写真。
アスファルトから突き破って生えてる雑草。

 

 

あれ?

 

 

なんだろう。
写真の端に小さく文字が書いてある。

 

 

うーん、見えないなぁ。

えっ…と

 

 

 

[小林さん、元気になりますように…]

[あなた、頑張ってね。信じてます。]

[パパ、負けるな!]

 

 

 

うん。

頑張るよ。

 

 

元気になります。
弱音なんて吐きません。

精一杯頑張るよ。
絶対に退院するんだ。

 

 

負けない!

大丈夫
今が底辺のはずなんだ。

上を見るしかない。
頑張るしかない。

うつむいてるヒマなんてない。

 

次へ

前へ