「足腰が弱くなったから、もう旅行は無理かな……」 「家族に迷惑をかけたくないし、家でじっとしていようかな」
そんな風に、大好きな旅行を諦めてしまっているおじいちゃんやおばあちゃん、あなたの周りにいませんか? 本当は行きたい場所があるのに、トイレの不安や段差のことが頭をよぎって、つい「行かない」という選択肢を選んでしまう。それって、とってももったいないことだと思うんです。
実は今、そんな不安を一緒に抱えて、もう一度「外の世界」へ飛び出すお手伝いをしている人たちがいます。
今回は、愛知県の豊川稲荷へ出かけたある日のツアーをヒントに、車椅子でも安心して、そして心から笑って旅を楽しむための「ちょっとした工夫」をまとめてみました。
「2万円って高く感じるけど、どんな秘密があるの?」 「砂利道や段差、どうやってクリアしてるの?」
そんな疑問に、普段から現場でサポートをしているスタッフの目線で、等身大のレポートをお届けします。高校生のみなさんにも、「これならうちのおばあちゃんも行けるかも!」と思ってもらえるような、ワクワクする旅の裏側をのぞいてみてください。
「無理」を「できた!」に変える旅。その一歩を、一緒に見守ってみませんか?

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「歩けないから、もう旅行は無理」──その前提がひっくり返る日

「旅行に行きたい気持ちはあるけれど、周りに迷惑をかけるくらいなら家にいる」 そんな風に、体力や足腰の衰えを理由に旅行を諦めてしまう方は非常に多くいらっしゃいます。旅行は楽しい反面、移動や環境の変化が伴うため、実はとてもエネルギーを使うイベントです。しかし、適切なサポートの仕組みさえあれば、その「無理」という前提は大きくひっくり返ります。
車いすで豊川稲荷へ:非日常が“日常の顔つき”を変える
デイサービスが企画する旅行では、普段は施設や自宅の中で過ごしている方々が、車いすに乗って県外の観光地へ出かけます。例えば、愛知県の豊川稲荷への日帰り旅行。お寺の荘厳な空気、お線香の香り、そして少し冷たい外の風を感じた瞬間、参加者の方々の表情は驚くほど豊かになります。
いつもは「疲れた」「横になりたい」と言っている方が、背筋を伸ばして景色を見渡したり、自分から「あそこに行きたい」と指をさしたりするのです。旅行という「非日常」の刺激は、単なる思い出作りにとどまらず、心と身体を目覚めさせ、普段の「日常の顔つき」までをも明るく変える力を持っています。
2万円超でも埋まるのは、ワクワクより先に「安心」があるから

この日帰り旅行の参加費は、1人あたり2万2200円。高校生のみなさんの感覚からすると「日帰りで2万円以上って、ちょっと高くない?」と感じるかもしれません。しかし、このツアーは募集をかけるとすぐに満員になってしまいます。
その理由は、ずばり「安心感」です。高齢の親を旅行に連れて行きたいけれど、「もし出先で転んで骨折したら」「急に具合が悪くなったらどうしよう」という不安から、ご家族だけで連れ出すのは非常にハードルが高いのが現実です。このツアーでは、その「もしも」の不安を医療と介護のプロフェッショナルが丸ごと引き受けます。ワクワクする体験の土台には、何よりもまず「絶対に安全に帰ってこられる」という確固たる安心が敷き詰められているのです。
値段の正体は“同行メンバーの厚み”だった
では、なぜそこまでの安心感を提供できるのか。そして、なぜ少し高めの料金設定になるのか。その答えは、ツアーに同行する「スタッフの人数と専門性」にあります。決して高級な食事や豪華なバスにだけお金がかかっているわけではありません。
参加者6人にスタッフ4人:この比率が意味する現場のリアル

このツアーでは、参加者6名に対して、なんと4名ものスタッフが同行します。一般的なバスツアーを想像すると、何十人ものお客さんに対して添乗員さんが1〜2名ですよね。それに比べると、驚異的なスタッフの多さです。
現場のリアルな視点でお話しすると、この「6対4」という比率は決して過剰ではありません。例えば、参加者のお一人が「トイレに行きたい」となった場合、車いすの移動や排泄の介助でスタッフが1〜2名付き添います。その間、残りの参加者の方々が安全に待機できるよう、別のスタッフが見守る必要があります。さらに、急な体調不良や転倒のリスクにも即座に対応できるよう、余裕を持った人員配置(リスク分散)がどうしても欠かせないのです。
看護師・理学療法士がいる旅行は「見張り」じゃなく「挑戦の伴走」
同行するスタッフには、介護職だけでなく、看護師や理学療法士といった国家資格を持つプロが含まれています。彼らは、参加者が無理をしないように見張る「ストッパー」ではありません。むしろ、安全に楽しむための「サポーター」です。
「この段差は、こういう角度で車いすを進めれば安全に越えられる」(理学療法士の視点) 「少し顔色が疲れているから、今のうちに水分補給をして日陰で休もう」(看護師の視点)
このように、専門的な知識を使って「どうすれば安全にその人の希望を叶えられるか」を考えます。プロがいるからこそ、ご本人は余計な心配をせず、目の前の旅行という「挑戦」に全力で向き合うことができるのです。
朝7時の打ち合わせが、すべてを決める
安全で楽しい旅行は、現地に着いてから始まるのではありません。実は、参加者の方々が集合するずっと前、スタッフだけで行われる早朝の入念な打ち合わせに、旅行を成功させるためのすべての鍵が詰まっています。
混む・狭い・危ないを先に潰す:観光地は「予測」が仕事
朝7時。スタッフたちは、その日のルートや現地の状況、そして参加者一人ひとりのその日の健康状態(バイタルサインや気分)を細かくすり合わせます。
観光地には、「道が狭い」「砂利道がある」「この時間は団体客で混雑する」といった危険なポイントがたくさん潜んでいます。医療や介護の現場では、事故が起きてから対処するのではなく、事故が起きそうな場所を「予測」して事前に避けることが鉄則です。どこでトイレ休憩を挟むか、どのルートを通れば車いすが安全に進めるか。この朝の時点で、リスクの芽を徹底的に摘み取っておくのです。
「縦列で歩く」だけで事故率が下がる?混雑地の動線ルール
打ち合わせで確認される重要なルールのひとつに、「移動する際の陣形」があります。例えば、観光地のような人が多い場所では、横に広がって歩くのではなく「縦一列(縦列)」になって移動します。
なぜ縦列が良いのでしょうか?横に広がると、一般の観光客とぶつかる危険性が高まり、スタッフの目も行き届きにくくなります。しかし、一番前と一番後ろにスタッフを配置し、その間に参加者の車いすが一列に並んで進むことで、安全な「動線(人の動く道筋)」を確保できます。さらに、周囲の人にも「車いすの団体が通る」ことが伝わりやすくなり、自然と道を譲ってもらいやすくなるというメリットもあります。ちょっとした工夫ですが、これが事故率を劇的に下げるプロのテクニックなのです。
現地で起きる“詰みポイント”を、どう越えたか

旅行の計画をどれだけ完璧に立てても、いざ現地に到着すると「これ以上は進めない!」という、まるでゲームオーバーのような“詰みポイント”がいくつも待ち受けています。健常者であればヒョイッとまたげる段差も、車いすユーザーにとっては巨大な壁になります。ここでは、プロたちが現地の障害をどうやってクリアしているのか、その裏側をご紹介します。
乗り降りが一番危ない:駐車場の取り方で安全が決まる

旅行中、一番転倒などの事故が起きやすいタイミングはいつだと思いますか?実は「歩いている時」ではなく、車から車いすへ「乗り降りする瞬間」なのです。
車いすを車の横にピタッとつけて、安全に乗り移る(移乗する)ためには、ドアを全開にできるだけの「広いスペース」が絶対に必要です。一般的な狭い駐車場では、隣の車にぶつかりそうになったり、無理な体勢で乗り移ろうとして転倒したりする危険があります。そのため、事前に現地の駐車場を調べ、「車いす用の広い駐車スペースが確保できるか」「乗り降りする場所は平らで安全か」を確実に押さえておくことが、旅行の安全を左右する第一歩になります。
段差・砂利道・坂道:車いすの弱点が一気に出る場所

豊川稲荷のような歴史ある神社仏閣は、とても風情がありますが、バリアフリーの観点から見ると難所の連続です。神社の境内には玉砂利が敷き詰められていたり、ちょっとした段差や傾斜があったりしますよね。
車いすは、平らな床を滑るように走るのは得意ですが、小さな前輪が砂利や段差に引っかかると、急ブレーキがかかったようにピタッと止まってしまい、前に投げ出されそうになります。こうした「車いすの弱点」が一気に出る場所では、力任せに押すのは大変危険です。介助者は前輪を少し浮かせたり、後ろ向きでゆっくり引っ張ったりと、状況に応じたプロの技術を使います。
秘密兵器「JINRIKI」:前輪が浮くと、介助者の世界が変わる

とはいえ、長い砂利道やデコボコ道をずっと車いすで進むのは、介助するスタッフにとってもかなりの重労働です。そこで登場するのが、「JINRIKI(ジンリキ)」という秘密兵器です。
これは、車いすに取り付けて「人力車」のように前へ引っ張ることができる補助装置です。これを使うと、車いすの弱点である「前輪」がフワッと浮いた状態になるため、砂利道でも雪道でも、驚くほどスイスイ進めるようになります。「押す」のではなく「引く」ことで、介助する側の負担が劇的に減り、乗っているご本人もガタガタ揺れる不快感がなくなります。道具の力を賢く使うことも、全員が笑顔で旅行を楽しむための重要なポイントです。
店選びが“成功率”を左右する:バリアフリーは気合ではなく下見

旅行の最大の楽しみといえば、やっぱり美味しいご飯ですよね!しかし、車いすのまま入れる飲食店を探すのは、想像以上に大変です。「気合で行ってみたらなんとかなるだろう」という考えは、車いす旅行では絶対にNG。事前の徹底した「下見」が、食事の成功率を100%に近づけます。
エレベーター・通路幅・店側の理解:行ける店は条件がある
車いすで外食をするためには、いくつかの厳しい条件をクリアしなければなりません。入り口に段差はないか、お店が2階ならエレベーターはあるか、車いすが通れる通路の幅(最低でも80〜90cm程度)はあるか、そして何より「車いすの団体客を受け入れてくれるお店側の理解」があるか。
ネットの情報だけでは通路の幅やトイレの広さまで分からないことが多いため、スタッフは事前に足を運んで自分の目で確かめたり、お店に直接電話をして状況を細かく確認・交渉したりしています。この「見えない準備」があるからこそ、当日はスムーズに美味しいご飯にありつけるのです。
「外食できた」がリハビリの成果になる瞬間
実を言うと、この「お店で外食をする」という行為自体が、最高のリハビリになります。
普段はベッドの上や自分の部屋で食事をしている方が、きちんとした姿勢でテーブルに向かい、メニューを見て自分で選び、周りの人と会話をしながらご飯を食べる。これは、脳や身体の機能をフル回転させる素晴らしい体験です。「久しぶりに外で美味しいお寿司が食べられた!」という喜びと自信は、その後の生活の活力を大きく引き上げてくれます。
お土産の“爆買い”は、単なる消費じゃない

観光地に行くと、お土産屋さんを見て回るのも楽しいですよね。このツアーでも、参加者の方々がお土産をたくさん買う姿(いわゆる“爆買い”)が見られます。でも、これはただお金を使っているだけの単なる消費ではありません。その裏には、高齢の方にとってのとても大切な心理が隠されています。
「配る先がある」ことが、生きがいの回路を戻す
要介護状態になると、どうしても「家族に面倒を見てもらう」「手伝ってもらう」という受け身の立場になりがちです。しかし、お土産を買うときは違います。
「孫にはこれにしよう」「いつもお世話になっているヘルパーさんにはこれを買っていこう」と、相手の顔を思い浮かべながら選ぶ。それはつまり、自分が誰かを喜ばせる「与える側」になれる瞬間なのです。「配る先がある」ということは、社会や人との繋がりがあるという証拠であり、それが「生きがい」の回路を再び動かす大きなスイッチになります。
初対面の刺激が、閉じがちな生活をひらく
お土産屋さんでのやり取りも、大切な刺激です。お店の人に「これは美味しいの?」と話しかけたり、お財布からお金を出して計算したり、見慣れない特産品に驚いたり。
家や施設の中で決まった人とだけ顔を合わせる単調な毎日から抜け出し、初対面の人と関わり、新しいものを見る。その新鮮な刺激が、閉じこもりがちだった心をパッと外の世界へひらいてくれます。お土産袋の重さは、そのまま「楽しい思い出」と「人との繋がり」の重さなのです。
看護師視点で整理する:この旅のリスクと、現場の手当て
楽しい旅行の裏側には、医療職ならではのシビアな視点での「リスク管理」が必ずセットになっています。「楽しかったね」で無事に帰ってくるためには、起きうるトラブルを事前に想像し、現場でどう手当て(対応)するかというシナリオをどれだけ持っているかが勝負の分かれ目です。
転倒・疲労・脱水・排泄:旅行あるあるを先に棚卸し

高齢の方の旅行において、絶対に避けて通れない4大リスクが「転倒・疲労・脱水・排泄」です。 看護師は出発前から、この「旅行あるある」のリスクを参加者ごとに棚卸し(リストアップ)します。例えば、「Aさんは足元がふらつきやすいから転倒に注意」「Bさんはトイレを我慢しがちだから、早めに声かけをしよう」「今日は暑いから、Cさんの水分補給はこまめに」といった具合です。旅行先でのトラブルのほとんどは、この4つのどれかに当てはまります。だからこそ、現場のプロたちはこれらを徹底的にマークし、先回りして防いでいるのです。
服薬・頓用・緊急連絡:家族説明で揉めない“型”
安全な旅行のためには、ご家族との連携も欠かせません。旅行中の「お薬の管理」はその代表例です。 お昼ご飯の後に飲むお薬はもちろん、「痛みが強い時だけ飲むお薬(頓用・とんよう)」をどうするかも、事前にご家族としっかり打ち合わせをします。さらに、「もし万が一、現地で体調が急変して救急車を呼ぶことになったら、どこに連絡するか」「その際の保険はどうなっているか」といったデリケートな部分も、同意書などを交わして事前にクリアにしておきます。この「家族説明の型」がしっかりしているからこそ、ご家族も「プロに安心してお任せしよう」と快く送り出してくれるのです。
「体調管理」は測ることより、“変化に気づくこと”

「看護師が同行する」と聞くと、旅行中ずっと血圧や体温を測っているようなイメージを持つかもしれません。もちろん、出発前や必要なタイミングでのバイタル測定は行いますが、現場で一番大切な体調管理は「数字を測ること」ではなく、「いつもと違う変化に気づくこと」です。
「いつもより口数が少ないな」「少し顔色に赤みが足りないかも」「ご飯を食べるペースが遅いな」といった、機械では測れない小さなサイン。日頃からデイサービスなどでご本人の「普段の姿」を知り尽くしているスタッフだからこそ、こうした微細なSOSに誰よりも早く気づき、「ちょっと木陰で休みましょうか」と、大きな体調不良に繋がる前にブレーキをかけることができるのです。

まとめ:行く前から楽しい、当日も楽しい、帰ってからも楽しい
旅行の価値は、観光地に滞在している数時間だけにとどまりません。パンフレットを見て「どこに行こうか」「何を食べようか」とワクワクする【行く前】。非日常の景色や食事、人々との触れ合いに胸を躍らせる【当日】。そして、買ってきたお土産を配りながら思い出話に花を咲かせる【帰ってから】。この一連の流れすべてが、生きる活力になります。
「できた体験」が次の外出を連れてくる

「車いすでも、豊川稲荷にお参りできた!」 「自分でお財布を出して、お土産を買えた!」
このような「できた!」という成功体験は、何よりも強力なリハビリテーションです。一度「無理だ」と思い込んでいた壁を越えると、ご本人の心の中に「次はあそこにも行ってみたい」「もう少し歩く練習をしてみようかな」という、前向きな意欲が生まれます。たった一回の旅行が、その後の生活を大きく変えるきっかけ(=次の外出を連れてくる種)になるのです。
デイサービスの価値は、施設内ではなく“生活の外側”で伸びる
これまでデイサービスといえば、「施設の中で安全に過ごしてもらう場所」というイメージが強かったかもしれません。しかし、今回ご紹介したような旅行への挑戦は、デイサービスの本当の価値が「生活の外側」でこそ大きく伸びることを証明しています。
病気や年齢を理由に、社会から孤立してしまう高齢者の方々。彼らを再び社会と繋ぎ、その人らしい笑顔と役割を取り戻すための最強のツールが「旅行」なのです。 「もう旅行は無理」──もし、あなたの身近な人がそう言ってうつむいていたら、ぜひ「こんなサポートがあるんだよ」と、この記事のことを伝えてあげてください。きっと、また新しい景色を見に行くための、希望の第一歩になるはずです。

この記事の根拠・参考元一覧
この記事は、以下の一次情報および公的データを基に構成しています。
- 現地取材・報道(ツアーの様子)
- 運営事業者・サービス情報
- 介助技術・バリアフリー設備
- 統計・ガイドライン(公的機関)

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