みなさんは、「訪問看護(ほうもんかんご)」という仕事を知っていますか? 病院ではなく、患者さんの自宅に看護師さんが行き、ケアをする。 住み慣れた家で最期を迎えたいお年寄りや、心の病を抱えながら地域で暮らす人にとって、それはまさに「命綱」とも言える大切なサービスです。
しかし今、この信頼ある現場の裏側で、信じられないような「不正」が横行していたことが明らかになりました。
ニュースで報じられたのは、私たちの税金や保険料を食い物にする悪質な手口。そして、その巨大な闇にたった数人で立ち向かった、ある看護師たちの物語です。
今回は、単なるニュース解説ではなく、「勇気が社会を動かした2年間の記録」として、この事件を深掘りします。

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1. そもそも、なぜ「訪問看護」が狙われたのか?

事件の全容を知る前に、少しだけ仕組みの話をしましょう。 日本には、みんなでお金を出し合って医療を支える「公的医療保険」や「介護保険」という制度があります。私たちが病院で払うお金が安く済むのは、この保険のおかげです。
訪問看護ステーション(事業所)も、看護師が訪問ケアを行うと、国や自治体から「報酬」が支払われます。

悪用された「精神科」と「ホスピス」
今回、特に不正の温床(おんしょう)になったと言われているのが、「精神科」と「ホスピス(末期がんなどのケア)」に特化した訪問看護です。
なぜなら、この分野は「報酬が高い(儲かる)」から。 そして、「患者さんが声を上げにくい」からです。
一部の悪質な経営者たちは、ここに目をつけました。 「もっと利益を出せ」 その命令が、現場の看護師たちを追い詰めていくことになります。
2. 驚きの手口「エア訪問」とは何か
報道によって暴かれた不正の手口は、私たちの想像を超えるズサンなものでした。大きく分けて2つのパターンがあります。
① 存在しない記録を作る「エア訪問」

「実際には患者さんの家に行っていないのに、行ったことにして記録をつける」 これを業界の一部では「エア訪問」などと呼ぶこともあるようです。
例えば、本当は事務所で休憩しているのに、書類上は「Aさんの家で30分ケアをした」と嘘を書く。 架空の実績を作って、国に報酬を請求する。これは完全な詐欺行為です。
② 金儲けのための「過剰訪問」

もう一つは、「必要ないのに何度も行く」パターンです。 患者さんの体調が安定していて、週1回の訪問で十分な場合でも、「毎日行け」「1日3回行け」と指示が出る。
患者さんのためではありません。「回数を稼げば、それだけ儲かるから」です。 断りきれない患者さんの家に押しかけ、不要なケアを繰り返す。これは医療ではなく、ただの押し売りです。
3. 「こんなのおかしい」震える声で始まった内部告発

もし、あなたがこの会社の看護師だったらどうしますか?
上司からは「会社の利益のためにやれ」と命令される。 同僚もみんなやっている。 ここで「NO」と言えば、職場でいじめられるかもしれないし、クビになるかもしれない。 さらに、もし内部告発なんてして身元がバレたら(身バレしたら)、この狭い業界で二度と働けなくなるかもしれない……。
この巨大なプレッシャーの中で、多くの人が沈黙しました。 しかし、数人の看護師だけは、どうしても許せなかったのです。
「私たちは詐欺の片棒を担ぐために看護師になったんじゃない」

彼女たちを突き動かしたのは、看護師としてのプライドと、純粋な正義感でした。
「患者さんを裏切っている」 「国民の税金を盗んでいるのと同じだ」
その思いが恐怖に打ち勝ちました。彼女たちはリスクを覚悟の上で、メディアへの情報提供(内部告発)という、人生を賭けた行動に出たのです。 その時の彼女たちの言葉は、とてもシンプルでした。
「こんなのおかしい」
4. ジャーナリズムと国の動き、そして「全国調査」へ

彼女たちの告発は、すぐに社会を変えたわけではありません。 最初は小さな記事だったかもしれません。しかし、メディアが粘り強く取材を続け、実態を報じ続けること約2年。
「私のところでも同じことが起きている」 「あの会社はおかしいと思っていた」
次々と新たな証言が集まり、世論の怒りが高まっていきました。 そしてついに、重い腰を上げたのが国(厚生労働省)です。
前代未聞の「全国一斉調査」

国は、特に問題が指摘されている「精神科」や「有料老人ホーム(ホスピス)」に関わる訪問看護ステーションに対して、全国規模での実態調査を行うことを決めました。
これまで「一部の悪い会社の話」で済まされていた問題に、国が公式にメスを入れることになったのです。 これは、現場の「名もなき看護師たち」の声が、国の政策を動かした歴史的な瞬間でもありました。
5. 私たちがここから学ぶべきこと
このニュースは、単に「悪い奴らが捕まってよかったね」という話では終わりません。 これから社会に出ていく私たちに、重い問いを投げかけています。
社会保障は「無尽蔵の財布」ではない

不正請求で奪われたお金は、どこから出ているのでしょうか? それは、私たちの親が働いて納めた税金や、将来私たちが払う保険料です。 社会保障という「みんなの助け合いの財布」から、勝手にお金を抜き取っているのと同じこと。 この不正は、私たち自身の未来への泥棒行為なのです。
「おかしい」と言える勇気

組織の中で、間違いを指摘するのは本当に怖いことです。 大人になればなるほど、「長いものには巻かれろ」と見て見ぬふりをしてしまうことがあります。
でも、今回のナースたちは証明してくれました。 「たった一人の小さな声でも、諦めずに上げ続ければ、国さえも動かすことができる」
おわりに

訪問看護は本来、素晴らしい仕事です。 多くの誠実な看護師たちが、今日も雨の日も風の日も、患者さんの元へ自転車を走らせています。
だからこそ、一部の不正によってその信頼が失われることはあってはなりません。 今回のニュースをきっかけに、私たちも「医療とコスト」や「働く人の倫理」について、少しだけ考えてみませんか?
彼女たちの勇気が無駄にならないよう、社会全体でこの問題を見守り続けることが、私たちにできる最初の一歩なのかもしれません。

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