私たちが当たり前のように享受している「いつでも、どこでも、質の高い医療が受けられる」という日本の医療制度。しかし今、その土台が劇的な速さで崩落しています。
最新の調査結果は、もはや「経営努力」という言葉では片付けられない、日本の病院が直面している構造的な死を浮き彫りにしました。本業で赤字を出す病院が4分の3に達し、都市部から地方まで、医療の提供体制そのものが断崖絶壁に立たされています。
複数の信頼性の高い調査報告に基づき、今まさに医療現場で何が起きているのか、その「不都合な真実」を徹底的に解剖します。

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数値が語る「過去最悪」の冬:病院経営の崩壊データ
まず、目を背けたくなるような現実の数値を直視しなければなりません。帝国データバンクや四病院団体協議会のデータは、かつてない規模の危機を告げています。
74.6%の衝撃 ―― 本業で儲かる病院は「絶滅危惧種」

2024年度の全国調査では、本業の収益を示す「医業利益」が赤字の病院は74.6%に達しました。さらに、補助金などを含めた「経常利益」ベースでも65.6%が赤字。 民間病院に限った調査でも、営業赤字の割合は61.0%と、過去20年間で最悪の水準を更新しています。
「債務超過」という名の倒産予備軍

さらに深刻なのは、資産よりも負債が上回る「債務超過」の状態にある病院が13.6%に上ることです。前年度の9.9%から急増しており、10軒に1軒以上の病院が、いつ資金ショートを起こして閉院してもおかしくない「倒産リスク」を抱えて運営を続けています。
逃げ場のない「増収減益」:なぜ患者が増えても苦しいのか?

一般的な企業であれば、売上が伸びれば利益も増えるのが健全な姿です。しかし、病院経営には「増収減益」という残酷な罠が仕掛けられています。
構造的なミスマッチ:2.8%の収益増 vs 3.5%のコスト増

最新データでは、医業収益(売上)は前年比で2.8%増加しました。しかし、それを嘲笑うかのように支出は3.5%も増加しています。 この「わずか0.7ポイントの差」が、病院の体力をジワジワと、確実に削り取っています。
「診療報酬制度」という超えられない壁

最大の元凶は、医療の価格が国によって決められた「公定価格(診療報酬)」であることです。
- 人件費の激騰: 医師の働き方改革への対応で給与費は3.2%増加。
- 物価の暴走: 診療材料費は5.4%増、光熱費(特にガス代)は11.8%増。
一般企業なら「価格転嫁」で解決できるコスト増を、病院は一円も転嫁できません。2024年度の診療報酬改定率はわずか+0.88%。このわずかな引き上げ幅では、5%を超えるコスト増を到底カバーできないのです。

地域格差の真実:地方の「消滅」と都市の「巨額赤字」
経営危機は全国一律ですが、その現れ方は地域によって異なります。

地方を襲う「赤字の割合」
帝国データバンクの調査によれば、営業赤字の病院の割合が最も高いのは四国(72.3%)、次いで北陸(71.7%)です。 人口減少で患者の母数が減る一方で、医師や看護師を確保するために、都市部以上の「高額な給与」を提示しなければならない。この「人口減×人件費高騰」の二重苦が、地方医療を文字通り消滅させようとしています。

都市部を襲う「赤字の金額」
一方で、首都圏や近畿圏といった都市部では、赤字の「額」そのものが巨額になる傾向があります。 最新の医療機器への投資、高騰する土地代、激しい人材獲得競争。一度赤字に転じれば、その額は数億、数十億円規模となり、自治体の財政をも圧迫する時限爆弾となっています。
「赤字」があなたの命を削る:医療の質への副作用

「病院の経営なんて、患者の自分には関係ない」――。その考えは、命に関わる誤解です。病院の赤字は、ダイレクトに「医療の質と安全性」に跳ね返ります。
衝撃の研究結果:看護師の負担と死亡率
米ペンシルベニア大学の研究では、「看護師1人が受け持つ患者が1人増えるごとに、患者の30日以内の死亡率が7%上昇する」という衝撃的なデータが示されています。 人件費削減のためにギリギリの人数で回している病院では、患者の異変に気づくのが遅れ、救えるはずの命がこぼれ落ちる。財務の悪化は、そのまま「死亡リスクの増大」に直結しています。

災害時に露呈する「老朽化」の代償
青森県で発生した地震では、以前から建て替えが計画されていたものの、経営難で断念していた病院が被災しました。 スプリンクラーの破損によって外来が停止し、入院患者の転院を余儀なくされる事態に。設備投資を凍結せざるを得ない経営状況は、災害大国・日本において、地域全体の安全保障を喪失させているのです。

歪められる医療:経営圧力と「不都合な真実」
さらに深刻なのは、病院を存続させるために、現場の医師たちが「医学的良心」を揺さぶられている現実です。
30%の医師が認めた「不要な入院」

日本経済新聞の調査によると、医師の30%が「不要な入院」をさせた経験があると回答しました。さらに驚くべきは、そのうちの4割が「病院から病床利用率を高めるように指示があった」と答えている点です。
- 低価値医療の蔓延: 効果が乏しいと知りつつ行われる検査や処置。
- 経営のための医療: 患者の健康ではなく、病院のキャッシュフローを守るための入院。
経営難という極限状態が、善良な医療者に「不要な医療」を強いるという、医療の本質を根底から否定するような歪みが生じているのです。
結論:私たちの医療の未来をどう守るか

病院の経営危機は、個々の病院の努力不足や、ましてや地方だけの問題ではありません。それは、「変動するコスト」と「固定された収入」という、制度上の致命的な設計ミスからくる、国家規模の構造的問題です。
私たちが当たり前のように受けている質の高い医療は、今、まさに砂上の楼閣と化しています。
今後の展望と私たちにできること
2025年度はさらなる経営悪化が予測されています。もはや、診療報酬の抜本的な引き上げや、医療機関への直接的な財政支援など、政治の決断なしにこの状況を打破することは不可能です。
病院の「赤字」は、社会のインフラが悲鳴を上げているサインです。この危機を「他人事」として見過ごすのか、それとも自分たちの命を守る「最優先課題」として声を上げるのか。
私たちの医療の未来は、今、この瞬間の私たちの関心にかかっています。

【参考資料・データ出典一覧】
- 日本経済新聞
- 帝国データバンク(TDB)
- Gem Med
- マネーポストWEB / MSN

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