「いえ、大丈夫です。」
私は慌てて首を左右に振った。
男性は一生懸命、手袋を除けようと口で噛んでいた。
リストバンドに患者様の名前は水木と表示されてる。
そういえば病室の前の名札は外されてたなぁ。
おそらく家族の方の希望なんだろうね…
水木さんの仕草を女性は悲しそうに見ていた…
「この人、優しい人だったのよ。短気なところはあったけどね。」
「え?」
女性は私の方へ向いて、笑ってみせた。
女性が水木さんの手をそっと握ろうとしたが、水木さんがその手を叩く。
女性は怒ることはなく、悲しそうに微笑んだ。
「交通事故で頭打って…今では私の事も、子供の事もわからないの。」
「そうなんですか…」
私は言葉が出てこなくて、ただ相づちをうつしかできなかった。
水木さんは視線を合わす事なく、必死に足掻いてた。
「あ。」
隣のベッドの患者様が、こちらを見ていた。
白髪の目立つ、ほっそりしたお爺さん。
「こんにちは。」
私は頭を下げた。
…
あれ?無視された。
言葉には何も返してくれず、ただ私を見つめていた。
その時だった。
「学生さん、ナースステーションに戻って。」
「あ、はい。すいません、失礼しました。」
看護師さんに声をかけられ、私は患者様に頭を下げ病室を後にする。
急いでバケツを片付けナースステーションに戻った。