《シュー》
ごほっ!
いたたたた…
目の前の吸引チューブを思わず手で払いのけた。
「小林さん、頑張りましょう。」
優花ちゃんが手を止めて困った顔をしている。
…ごめんなさい
わかっていても、つい無意識に手で払ってしまったり、逃げてしまう。
吸引は結構しんどい。
痛いし、苦しい…
咳も出てしまうし…
でも、その後に呼吸は楽になるんだ。
よし、我慢我慢。
「大丈夫です?」
うん
痰がつまると息が出来なくなるから、そっちの方が苦しくてたまらない。
だから、お願いします。
「いきますよ。」
あれ?
優花ちゃん髪切ったんだね。
短かった髪の毛がもっと短かくなってる。
「先生お願いします。」
後ろに立っていた佐々岡先生が手袋をして前に出る。
「では、カニューレ交換しますよ。」
ん?
何でそんなに嬉しそうな顔してるの?
あれ?
優花ちゃんが先生に手渡したカニューレ…
何か、いつものと違う気がするけど?
「えへへ♪」
いたずらっぽく笑う優花ちゃん。
「いきますよ。」
佐々岡先生が、手渡されたカニューレを私の喉に差し込む。
少しだけ痛かったけどスムーズに入った。
「どうですか?」
佐々岡先生が私の顔を覗き込んだ。
大丈夫。
痛くないし、息も苦しくない。
「「はい、大丈夫です。」」
…
あれ?
何かいつもと違う。
違和感が…
優花ちゃんが嬉しそうにニコニコしていた。
右手を耳にあててをあてて聞き返す。
「え?何て言ったんですか?」
何?
私、何か変な事を言ったかな?
「「いや、だから何ともないですよ。」」
何?
優花ちゃんが口パクをしている。
…
あ!!
もしかして、今喋れた…
「小林さん、スピーチカニューレにしてみました。いかがですか?」
佐々岡先生が説明してくれてようやく状況が理解できた。
…
変な感じだ。
しゃべれない事が当たり前だったから、意識すると何かピンとこない。
私はゆっくり深呼吸した。
「「先生、優花ちゃん。いつも本当に有り難うございます。」」
しゃがれたガラガラ声…
自分の声ではないけど…
月並みな言葉だけど…
自分の言葉で、ようやく伝えれた。
先生と優花ちゃんは黙って嬉しそうに微笑んでくれていた。