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5月 6日日曜日(曇りところにより雨)

5月6日日曜日(曇りところにより雨)

トントントン…

 

 

リズムに乗った心地よい音が聞こえてくる。

居間から陽子の後ろ姿が見える。

 

 

 

グゥ…

いい匂いが刺激になり、お腹が鳴る。

まだかな。
早く食べたいなぁ。

 

 

 

「はい、出来たわよ。」

「パパ、お待たせ。」

陽子が料理を机に運ぶ。

綾も横でお手伝いし並べてくれた。

 

 

 

 

「いただきまーす。」

もう我慢できない!

 

 

 

 

 

あれ?

 

 

「何これ?」

私の前にあるご飯はドロドロの液体だった。

二人は気にせず美味しそうにご飯を食べている。

 

 

バンッ!!

 

 

 

 

「私にもご飯くれよ。」

私は思わず机を大きく叩いた。

「あなたは口から食べれないでしょ。」

え?




…そうだった。



私は何も食べる事が出来ない。


お腹の管から強制的に栄養を摂取させられている。



お腹は膨れても…

何も口にできないのは悲しいもんだ。




私は生きてるのに死んでるみたいだ。



一番最後に食べたものって何だっけかな…




例えば今、元気になったとしたなら…



今まで以上に当たり前のことを大切にするだろうな。

今まで以上に当たり前のことが幸せである事感じるんだろうな。




無性に陽子の造ったご飯が食べたい。



『死ねばいいのに…』





陽子の言葉が頭にこびりついて離れない。



痛い…



今、胸が苦しいのは病気のせい?


それとも悲しいから?




ギュッと胸が締め付けられる…


息もできないくらいに






好きになった時も胸が苦しくて辛かったな…



大学で初めて出会った時は気にならなかったのに。


別にタイプというわけでもなくて

気が合うから話しをするのは楽しかった。



きっかけは何だっけ…



一度、存在を意識してしまった時に陽子を好きだと気付いた。



一度意識してしまうと、もう消す事ができなくて駄目だった。




顔を見るだけで、声を聞くだけでドキドキして

いつの間にか無意識に目で追ってしまっていた。



胸が苦しくて苦しくて締め付けられ

夜も眠れなくて


声を聞いたり、一緒に居る時だけが苦しさを和らげてくれた。






そういえば何時からドキドキしなくなってしまったのだろうか…




いつも当たり前のように、横に居るようになったからなのだろうか…



結婚したからなのか?




結婚といえばあの時は驚いた。


私達は一緒に市役所に婚姻届けを出した。



しばらくして戸籍謄本が必要になり市役所に行った。



戸籍を見てギョッとした。



私の結婚相手が陽子のお姉さんになっていた。



慌てて市役所に訴えた。


結局、私達の出した書類に手違いはなく市役所側のミスだったのだが




結婚相手が違うなんて洒落にもならない。



あんなに必死にプロポーズした事が台無しになる所だった。



陽子は海が大好きだった。

波の音に包まれ二人静かに砂浜に座っていた。



「えぇーい。浸かっちゃえ。」


水着を用意してなかったのに、陽子は我慢できず靴と靴下を脱ぐと波に向かっていった。



「待てって。」



陽子は私の手を引っ張り、そのまま海の中へ。


身体が塩水でベトベトになる。



「あはははは。」



こちらが緊張してる事など知らない陽子は無邪気に笑っていた。


「…」



私は行き震える手で陽子の手をギュッと握った。

水じゃなく汗で手のひらがびっしょりになっている。


「もう、な…に?」



私の顔を見て、陽子は黙った。



精一杯、勇気を振り絞る。



胸がドキドキする。
こんなにも心臓は速く動くもんなんだ…



ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ…



「…よ…」



声を精一杯振り絞る。


「…陽子、僕はこの手を死ぬまで離さない。一緒に手をつないでこの先を一緒に歩いて生きたい。」



波の音が遠ざかっていく。


「結婚しよう。」







しばらく沈黙が流れた。


その緊張に耐えれなくなり私は手を離そうとした…


そのとき陽子がギュッと握り返してくれた。



「よろしくお願いします。」




何を言われたのか一瞬判らなかった。



その時、陽子には一つの夢があった。


それは私達が付き合い始めた頃から口にしていた夢。




街中で、おじいちゃんとおばあちゃんが仲良く歩いているのをみて、いつも言うんだ。



「私ね、年取っておじいちゃんとおばあちゃんになっても手をつないで歩くのが夢なんだ。」



目を細めて嬉しそうに話してくれた。




何時までも、ずっと仲良くいれることは簡単なものじゃない。



だけど陽子の夢は、そのまま私の夢へとなった。



二人の大切な夢。



だからプロポーズの言葉に使わせてもらった。




いつまでも二人仲良くいれるように…私は誓った。




「ねぇ、お願い。一つだけ約束してほしいの。」



陽子は小指を差し出し、こう言った。


「私よりは絶対に先に死なないでね。一人残されるのは、きっと淋しくて耐えれないから…」



私は黙って陽子の言葉に頷いた。



「約束して。私を独りにしないでね…」


私の顔を陽子はジッと見つめた。


「ああ、約束だ。私は絶対に陽子より先には死なないよ。」


私も小指を差し出し、指切りをした。


その時の陽子の嬉しそうな顔は今でも覚えてる。


陽子は先に寝られる事もすごく嫌っていた。

先に寝られると寂しくてたまらないと何度も起こされたっけ。




陽子…



私はお前より長く生きる事はできないかもしれない…




ごめん…








死ぬまで離さないと誓った私の手は…




もう、掴む事ができず、今は二人の手は離れたままになってしまっていた。



 

 

 

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