天井…
いつも視界に入るのは病室の天井。
見るものがなく天井にあるシミをじっと見てしまう。
ベッドから動けないから見える風景はずっと一緒。
つまらない…
退屈…
目が見えてせっかく世界が広がったと思ってた。
けど
すごく閉鎖的で狭い世界。
苦しみを紛らわしてくれるものがない。
ベッド柵と壁に囲まれて、上は天井、身体は管、機械にたくさんつながれて。
圧迫感、拘束感。
心も身体も押し潰されそうになる。
どうする事もできない無力な自分。
身体に繋がれた複数の管。
オシッコの管。
オシッコが勝手に出っぱなし状態。
お腹の下がむずむずして気持ち悪い。
いつもオシッコがしたい感じがする。
痛みも少しあって辛い。
喉の開けられた穴に入れられた管。
管の先に繋がれたのは人工呼吸器。
いつも私に話しかけてくれてた。
そして今も命を支えてくれている。
胸からは心臓のモニター。
テレビみたいなものに繋がれて画面には数値が沢山表示されている。
数値が悪いとアラームがなる。
両手には点滴の管が二本。
機械がつけられてコントロールされている。
股のところにも点滴の管。
カロリーの高い点滴をするためのモノ。
点滴はご飯のかわり。
口から何も食べれないから栄養がとれない。
私は点滴がなければ死んでしまう。
ははは…
なんか重病人みたいだ。
…
普段当たり前にしている事ができない。
それが辛いなんて想像できなかった。
暗闇の中の苦痛とは別に目が覚めたからこその苦痛。
耐えられない。
身体の不快感、痛み、苦しみ。
一つ一つリアルに襲いかかってくる。
どうしようもできない。
我慢するしかない。
…生き地獄。
喉が痛い。
胸が苦しい。
お腹がしんどい。
身体が怠い。
でも、口で伝える事ができない。
愚痴言うことができない。
《カチ》
~♪♪~♪
ん?
音楽?
ああ、陽子か。
CDかけてくれたんだ。
こんな些細な事がすごい気分転換になる。
有り難う…
私はゆっくり目を閉じた。
心に響いてくる…
その歌を聞いてた頃の記憶が自然と甦る。
人気のあった音楽というわけじゃない。
だけど二人でよく聞いていた。
陽子とは大学で出会った。電話で声聞くだけでドキドキした。
不安になって眠れない夜もあった。
そして初めてのデート。映画のチケットを渡して誘った。何日も前から雑誌を開いてプラン立てて。
無理して買った指輪でプロポーズした。場所は海。緊張して口の中がカラカラになって声が出なかった。
アパートに引っ越し二人で生活をはじめた。
しばらく綾が生まれた。
借金をしてしまったり、毎日喧嘩したり
何でだよ…
次から次へと走馬灯のように思い出す。
縁起でもない。
死ぬわけじゃないのに。
だけど
まだ短い人生でもいろんな事があったんだな。
自然と頬を冷たいものが流れる。
陽子が何も言わず拭いてくれた。
…陽子も泣いていた。
二人でもどらない時間を思い出してた…
元気だったときの自分は今はいない。
病気はたくさんのものを奪った。
夢も家庭もお金も身体も幸せも
本当に何もかも突然失ってしまった…
今では忙しい毎日。
子育てに、仕事に追われてた。
最近、思い出に浸る時間最近はなかった。
アルバムも本棚で埃を被ってる。
こんなにゆっくりした日なんてなかった。
そういった意味では入院は時間をプレゼントしてくれた。
与えられた時間、暗闇の中で嫌でも何度も何度も自分と見つめ合った。
生きてる事をリアルに実感した。
いろいろ忘れていた事。
もしかしたら、それは一番大切な事。