私は実習と関係なく河田さんのところに顔を出した。
お嫁さんと師長に了承を得たうえで行動を起こした。
「こんにちはー。」
努めて明るく声をかける。まずはリハビリの事は触れないように。
「優花ちゃん、おはよ。…早く家に帰りたいよ。いつ退院できるのかな?」
河田さんが寂しそうにポツリと言った。
「そうですね…」
私には、かけれる言葉が出てこなかった。
家庭の事情は私は何もできない。
よしっ!
とりあえず、今の自分にできる事をやるだけだよ。
学生である私なりの精一杯の看護。
リハビリではなく、まず動く事。
「河田さん、車椅子でお散歩行かない?」
「ええ…いいよ。やめとくよ。」
私の言葉に河田さんの表情が曇る。
負けるな。
まずは一歩。
「庭に綺麗な花が咲いてるんですよ。見にいきませんか?」
河田さんはお花が大好きだった。
家では鉢植えを並べて育てていたって聞いていた。
「お花?」
「ええ、何の花か教えてくださいよ。」
お花と聞いて表情が変わった。
「…」
むむむ。
もう一押しか。
「そこで、美味しいお饅頭食べませんか?」
河田さんの表情が明るくなった。
「仕方ないねぇ…可愛い優花ちゃんのためだよ。」
ニコっと笑った河田さん。
よしっ!!
私は心の中でガッツポーズをとった。
「あぁ、本当に綺麗だねぇ。」
初めて自分から病室から出た河田さん。
これが、きっかけだった。
次の日。
「優花ちゃん、お饅頭買ってきてよ。」
「河田さん、一緒に売店に行って選びましょうよ。」
私は、すかさず離床を勧めた。
「…でも動くのはしんどいしねぇ。」
河田さんは首を左右に振った。
でも顔はそれほど嫌がってなさそうだった。
「でも、新しいお饅頭があるかもしれないですよ。」
「んんー…そうかい?」
始めは怖がってたお婆ちゃんも少しずつ動けるようになってきた。
「よいしょ。」
そして、だんだん自分から積極的にリハビリをするようになった。
目標を達成できそうな小さな事からにしてやる気が無くならないよう頑張った。
「…8、9、10。よし、できたぁ。」
先ずは十数える間、ベッド柵を持って立てること。
「ほらほら。見てよ。このくらい簡単だよ。」
次は椅子へ座れること。
慌てず、強制せず、少しずつ少しずつ頑張った。