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✛2.贈り物✛②

結局、他の看護師にはお父さんだって事は言ってない。

 

「ねぇ、ねぇ。あの患者さんずっと独りなんだね。面会の人も見た事ないね。私はあんなにはなりたくないなぁ。淋しいよね。」

 

ずっと独りなんだ…

でも

でも自業自得だよ。

罪悪感を打ち消すために何度も自分にその言葉を言い聞かせた。

 

 

それでも病室の近くを通る時は変に緊張した。

お父さんは入院中に病室から外に出てくることはなかった。
だから会う事はなかった。

 

体の状態が悪いときはエネルギーの消費を抑えるためにも安静は大切になる。
それに加え病状から身体がかなり怠くてしんどいんだと思う。

 

 

看護記録をみるとお父さんはベットからほとんど離れず、息苦しそうに呼吸をしてる。

食事も全然取れなくて点滴が始まってたんだ。

 

 

12月28日

 

 

「うわぁああー!」

 

 

突然叫び声が聞こえた。
しばらくしてナースコールが鳴る。

 

 

お父さんの部屋からだ。

慌てて数人の看護師が駆けつける。
部屋の前には他の患者さんが何事かと集まっていた。

 

 

「どうしま…」

 

 

病室に一歩足を踏み入れた瞬間に固まってしまった…

頭を抱え込み震えている中年の男性。
それは入院の日に廊下ですれ違った患者さんだった。

 

 

それがお父さんだったんだ…

父とさえ気づかなかった。

その男性は点滴を引き抜いて、床は血液と尿で汚染されてた。

服も布団もオシッコの臭いがもの凄い。

そして、男性は何かに怯えるように小さくなり目を合わせようとしない。

 

 

変わり果てたお父さんの姿。

無意識に溢れる涙をごまかすのが精一杯だった。

 

 

 

何で今更、お父さんに出会ってしまったのかな。

今働いてる病院がお父さんの住所の近くというわけでもないし。

私はお母さんの地元から飛び出して寮で生活をしてる。つまりこの病院は母の地元というわけでもなくて。

 

 

 

偶然という名前の
神様からのX’masプレゼントは私には残酷なものだった。

今日でお父さんの入院から一週間経過した。

 

 

お父さんの事はお母さんに言えなかった。もちろん職場の人にも言えずにいた。

もう、これ以上生活を乱れたくない。

今までお母さんがどれほど苦しんだか…
どれほど傷つけられたか…

ようやく、前を向いてここまで歩いて来れたのに。

やはり、あの人の事を私はお父さんと呼ぶことはできないよ…

認める事はできない。

 

 

12月31日

 

 

普段より入院患者さんの数が少ない状態になる。

新年はできれば家で迎えたいと思ってる患者さんの退院や外泊が増える。

…一年の始まりを病院のベッドの上で迎えるのはあんまり歓迎できるものじゃないからなんだと思う。

それでも病状が悪い患者さんだっている。お家に帰れず一生懸命に病気と闘ってる。

私は、夜勤だった。

 

 

つまり皮肉にも私はお父さんと一緒に新年を迎える事になる。

いつもよりナースコールも少ない静かな病棟。

 

 

巡回に回る。
一人一人声をかけてく。

そしてお父さん病室の前。
足を止めて一度大きく深呼吸をした。

病室のドアをぎこちなくノックする。

 

 

「失礼します」

 

 

意識しすぎて声が上擦った。

お父さんの病室に入るのは2度目。

私が部屋に入っても何の反応もなく視線もテレビに向けたまま。

画面には紅白歌合戦が映されてた。

そういえば子供のとき、親子3人でいつも見てたなぁ。
ありきたりだけど紅白歌合戦みながら年越しそばを食べるのが恒例だったんだ。

お父さんは視てるというよりはただボーとしてる感じ。

何か手紙を書いてたみたいでペンと紙、封筒が机の上に散らばってた。

私はお父さんを意識しないように…と意識しちゃって余計ぎこちなくなってしまう。

 

 

お変わりありませんか?」

 

バイタルサインを測りながら声をかける。

 

「…」

 

 

私の声に反応し顔をジッと見つめてきた。

 

ドキッ

 

胸が張り裂けそうになる。

私は思わず目を逸らしてた。

お父さんは別に気にした様子もなく再びテレビに視線を送る。

 

 

 

「…大変だね」

「え?」

 

 

テレビの音に混じりボソッと微かに聞こえてきた言葉。

その予想外の言葉にキョトンとしてしまった。

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