朝の検査が多くって遅めの昼食時間。
寝坊しちゃったから何も作れなくってコンビニで買ったおにぎりを食べてた。
横から聞こえてきた声。
「そういえばさぁ、この間、肝不全で亡くなった青山さんね…」
お父さんの事だ。
悪口とかだったら聞きたくないよぉ。
「夜の見回りのとき、いつも病室から泣き声が聞こえてたんだよね…」
お父さんの受け持ちをしてた先輩。
先輩が見たお父さんの姿。
「病室を覗くと布団を頭から被って震えてた…『死にたくない、死にたくない』って、呟いてたよ」
え?
泣いてた?
「声かけると慌てた様子で笑ってごまかしてたんだけど、目が真っ赤に腫れてたんだよね…」
その言葉にしばらく沈黙がおとずれる。
主任が口を開く。
「…私達の前では明るく振る舞って冗談はがり言ってたよね。一人になると泣いてたのかな。」
胸がズキンと痛くなる。
…
お父さんの本心。
知らなかったお父さんの姿。
お父さんは本当は怖くてたまらなかったんだね。
…誰にも言えなくて
一人で苦しんでたのかな
最後まで誰も面会の人が来ないまま
一人で亡くなっていったお父さん…
今、私は後悔してた。
娘と名乗らなかった事に
お母さんに教えなかった事に
胸がモヤモヤしたままだったけど昼からも仕事が忙しくって、その間はいろんな事を忘れる事ができた。
ようやくサービス残業が終わると外は暗くなってた。
うわっ…寒っ
着替えが終わって病院の外に出たら白い雪が空からチラチラ降ってた。
病院内は冷暖房が効いてるから気温差にビックリする。
駆け足で寮にもどって部屋に入ると、そのまま布団に潜り込んだ。
ご飯を食べるのも面倒くさい。
部屋の電気も点けないでベットの上でボーッとしてた。
「あれ?」
机の上、年賀状に混ざった1つの厚めの封筒。
送り主の記載がなかった。
忙しくて、そのまんま放置してたケド、何か見た事のある封筒に今気づいた。
布団から出て手にとってみた。
何か入ってる…
恐る恐る封を開けると預金通帳と手紙が出てきた。
『…ゴメン…さい。…幸せに……な……』
ミミズが這うような字で読めないところもあった。
一緒に入ってた通帳は私の名前が記載されてた。
…思い出した。
この封筒、お父さんの病室にあったものだ。
震えが止まらない手で一生懸命書いた文字。
通帳を開くと離婚した翌月から毎月、毎月1円単位までこまめに預金してた。
私のために…
お父さんは私の事気づいてたんだね。
それなのに私は知らないふりして、最後までお父さんと呼ばなかった…
「ごめんなさい…」
今更いくら後悔しても二度とお父さんとは話する事はできない。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
私はずっと繰り返し呟いた。お父さんが亡くなって初めて涙が流れた。
恥ずかしさと戸惑いから、お父さんの看護するということを逃げてしまったんだ。
病気に苦しんでた患者様としてさえも看護してなかった。
1月10日
少し遅くなったお正月休み。
私は里帰りした。
お母さんは喜んでくれて沢山ご飯を作ってくれた。
「美味しい♪」
変わらないお母さんの味。
変わってたのはお母さんの姿。
「お母さん、痩せた?」
食べるのが大好きなお母さんが、あまりご飯に手をつけなかった。
「最近、胃の調子が悪いから…別に元気なんだけどね」
少し疲れた感じのお母さん。
お父さんの事をお母さんには言えなかった。
友達はみんなお仕事。
どこにも出掛けずコタツでゴロゴロしてた。
「アルバム…」
本棚にあった表紙の色褪せたアルバムを手にした。
そこに写ってたお父さん、お母さん。
私は優しそうなお父さんに抱かれてニコニコしてた。
…離婚してからアルバムを見るのは
初めてだった。
沢山の写真。いろんな場所に連れていってくれてたんだね。
ページをめくった。
「あーーっ!」