二月六日(火)
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
慌てて挨拶する。
ボーっとしてた。
担当看護婦さんが目の前にいた。
確か…優花さんだったっけかな?
若くて可愛い女の子。
私もこの間まで若い気でいたのに、いつのまにか三十路…
歳とるのなんて早い。
優花さんは主人をグッと横に向けて背中を叩き出した。
え?
いったい何をしてるの?
キョトンとしている私に説明してくれた。
「こうやって痰が溜まらないようにしてるんですよ」
…そういえば、どの看護師さんも部屋に入ってきて向きを変えたり叩いたりしてた気がする。
みんな一生懸命看てくれている。
私は見ているだけ。
何て無力なんだろう。
ただ、傍にいるだけ。
私は無力。
《ガチャリ…》
白衣。
あぁ、佐々岡先生だ。
いつも難しい顔をしている。
聞きたい事はたくさんあるけど…
聴診器を主人の胸にあてて診察してくれている。
「先生、主人は…主人の状態は?」
「…」
空気が変わる。
沈黙が流れる。
佐々岡先生が頭をボリボリ掻きながら言いにくそうに答えた。
「厳しいです。2、3日がヤマになると思います。」
…あとは何を言ってたのか耳に入らなかった。
ようやく前を向く決意ができたのに。
思いっきり突き飛ばされた。
これが現実なの?
奇跡はおきないの?
階段の踊場に出て一人座り込んでしまった。
流れる尽くしたと思ってた涙がまだ溢れてくる。
泣く気なんてないのに…
勝手に流れ続ける。
髭も伸びるし触れると温かいのに。
心臓もドキドキいってるのに。
主人はまだ生きてるのに。
まだ生きてるのに…
どうしたらいいのかわからない。
弱音もはけず声を押し殺し踊場から立ち上がれずにいた。