✛2.贈り物✛③

「君のしてる仕事は患者の健康を預かってる。つまり患者の人生や家庭を預かってるんだよな。」

 

 

人生や家庭を?
何?
何が言いたいの?

 

 

「病気で患者とその人の家族の生活は今までと変わるんだ。」

「その人を家族を救えるかもしれない。でも見過ごして救えないかもしれない。医者やナースって、そういう仕事だろ?」

 

 

お父さんは外を見ながら言葉を続けた。
手が震えてベッド柵が小さくカタカタ鳴っている。
羽ばたき振戦もこの数日みられる。
血中アンモニアとビリルビンの数値がすごく高くなっていた。

 

 

「俺の親父は…」

 

俯いて聞き取れない声でブツブツ呟く。

お父さんの親父、つまり私のおじいちゃん?
何かあったの?

 

 

「いや。何でもない。」

 

 

お父さんはこっちを向いてニコリと笑った。

沈黙が包みこむ。
いつの間にかテレビの画面が消えてた。

ふぅふぅ
と、息遣いが聞こえてくる。

腹水がたまってるから、お腹がパンパンになって息苦しさが強いんだと思う。

 

 

「失礼します…」

 

 

気まずい空気に耐えれなかった。
私は部屋を出ていこうと後ろを向いた。

 

「私はもうすぐ死ぬのかな?」

 

後ろを向いてたからどんな表情でお父さんがその言葉を口にしたのかはわからなかった。
振り向く勇気もなかった。

意表をつかれたから言葉につまって表情もつくれなかったんだ。

医療従事者失格だよ。

 

 

「有り難うな。」

 

 

何の有り難うかわからない。

 

~~♪

 

 

沈黙を破るためかお父さんがテレビの電源を入れた。

タイミング悪く悲しい曲が流れる…

耐えられなくなり部屋を後にした。

翌日、お父さんは目を閉じたまま動かなくなったんだ。

 

 

 

1月2日

 

 

半年前ぐらいに医者より告知されてたお父さん。

怖くなかったのかな…
余命を聞いてどんな気持ちで残った時間を一人で過ごしてきたのかな。

昨日から眠ったままのお父さん。
声かけても痛みを与えても反応しない。

血圧があがらない。
オシッコも出てない。

唇が少し動く。

両肩で一生懸命呼吸をしているが、ときどき息が止まる。

 

 

父の目からは涙がこぼれていた。

 

[ピーーーーー…]

 

 

お父さんは肝不全
そして多臓器不全を起こし

心臓が止まった。

 

 

病院は何も変わらない。
いつもと同じ時間が流れてた。

 

 

 

患者さんも病気も待ってくれなくて次々とやってくるんだ。

…病院で働いてると一般の人より死に触れる機会が多い。

新人の私でも、もう沢山の死と触れてきた。

 

 

交通事故。
私より若い女の子だった。
学校に通いながら働いて、妹の面倒をみてたって言ってた。
雨の日だった。
彼氏の車の助手席に乗ってデート中。
スリップしガードレールに突っ込んでしまった。
最期の光を失ったあの目をいつまでも忘れる事ができない。

 

脳腫瘍。40代男性。
娘のお腹の中には初孫がいたのに。
顔を見れないままだった。
すごく、苦しそうだったのに絶対に辛いって言わない人で先に意識が無くなってしまった。
最期まで頑張ったんだ
…だけど目を開けることなく息をひきとった。

ずっと会うのを楽しみにしてた小さな手を掴む事ができず…

 

 

老夫婦。
奥さんと散歩中に吐血。

優しい人で脳梗塞で麻痺がある奥さんのために料理や洗濯など家事全部してた。
泣きながら呼び掛けてた奥さんに応えることができなかった。
残された奥さんが、最期まで泣いてた。

 

 

忘れる事ができない。沢山の苦しみ、悲しみとの出会い。
きっと、そういう仕事なんだよね。

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